俺が慌てて体を揺り動かすと、ヴァージニアは渋々といった具合に目をあけた。

「聞こえているよ。いま魔法で周囲の様子をさぐっているんだ、少し静かにしてくれたまえ」

「よかった、目を覚まさなかったらどうしようかと」

「キスで起こしてくれるのであれば、もう少し眠っていればよかったかな。しかし、状況はあまりよくない。ソラ、厄介なことになったぞ」

 ヴァージニアほど詳細はわからないまでも、自分たちが置かれた状況については、さすがの俺でもなんとなく理解できる。

「私たちはトラップにかかった。おそらくは〈魔石〉を悪用しようとする者を感知し、自動で発動する精神転移系の魔法罠だ。アランめ、最後の最後にやってくれる」

 俺はヴァージニアが言っていたことを思い出した。女の勘というのは、バカにならない。つまるところ、この不自然な夜空と、一面に広がる花畑は、剣神アランが仕掛けたセキュリティシステム、ということらしい。であれば、たとえば【天動瞬雷】のスキルでいずれかの方角に移動したとしても、この世界から抜け出すことはできない、ということなのだろう。

「おわーーーっ⁉ ニャんだここはぁーーーっ‼」

 どうやらネコ族からもひとり、シュリが巻き込まれてしまったようだ。あんぐりと口をあけて、ふたつの月を見上げている。

「一筋縄ではいかないことは覚悟してたが、まさか変なところに飛ばされるとは思わなかったな。結局どこなんだここは、精神転移って言ってたのは聞こえたけど」

「アランの残留思念が生み出した、世界に実在しない空間だよ。より詳しく言うならば、物質や時間的概念の先にある、五次元空間とでも言うべきかな」

「五次元……? そんなものが存在するのか?」

「そもそも空間に時間的概念を付与した四次元空間だって、観測から定義されたひとつの結論にすぎない。いま目の前にあるものだけが現実であり、存在だ。つまり観測母体たる我々という存在がすでに、この次元と空間の存在を証明してしまっているのだよ」

 話が長くなりそうだ、聞くんじゃなかった。

「概要はわかった。それで、ここから出られるのか?」

「彼が我々を、解放してくれれば、ね」

 そう言った、ヴァージニアの視線の先に、それはいた。


 冒険者としては小柄な体躯。素性を明かさぬためのナイトヘルム。そして背に担いだ、ひと振りの大剣。原初の五柱と渡り合い、死してなお伝説を残す古の英雄。

 彼の名は――剣神、アラン。

「アラン!」

「…………」