「そこまで、言われてはね」
触れ合った頬は氷のように冷たい。彼女の表情は見えなかったが、笑っていることだけは伝わってきた。
「君は私よりも偏屈だな。この私さえも、救うというのだから」
「そりゃあ一度墓に入った英雄に、大きい顔をさせ続けるわけにもいかないからね」
「言ってくれるじゃあないか」
エルダーリッチはそう言うと、抱擁をといて俺の手を取った。
「ならば今日からは、君が私の英雄だ」
そう言った彼女の表情は、これまで見てきたどのエルダーリッチの仮面とも違う、少女のように、可憐で無邪気な笑顔だった。
「それと君にひとつ、師匠として忠告しておこう。君の不用意な言葉選びは、時に誤解を生みかねない。まるでプロポーズだ、聞いているこちらが恥ずかしくなってくる」
「あれ……そうだったかな。ごめん、必死だったから」
「無論私は、君がそのような意図をもって、私を口説いているわけではないと理解しているがね。自覚がないのであれば、今後は気をつけたまえ。気をつけてもどうにもならないということであれば……」
あらためて、握られた手がほどけては繋ぎ直される。エルダーリッチの氷のように冷たい指と、俺の指がからまる。
「せめて、覚悟は決めるべきだ」
エルダーリッチの整った顔が、すぐ目の前に迫る。鼻先が触れ合いそうな距離で、俺にしか聞こえないほどの声で、彼女がささやく。
「ここまで心を許すつもりは、なかったのだがね」
薄い唇は、もう指一本の距離だ。この展開は少し予想していなかった。
「え。エル……」
「ヴァージニアだ」
最後に残されたほんのわずかな距離を縮めるのは、きっと俺の役目だ。私に恥をかかせるなという声が聞こえるような気がする。
「ヴァ、ヴァー……ジニア」
さっきはすんなりと言えた彼女の名前を、ただ一言つむぐ。それだけのことに、こんなにも唇に勇気を送り込まなければならないとは。もう覚悟を決めるしかない。決めろ、覚悟を。
俺は全身全霊の勇気を振り絞って、最後の一線を超えようとした。次の瞬間、
「お兄さまああああああああああああああああッッッ‼‼‼‼‼」
その勇気は、フウカの泣き叫ぶ声によってかき消された。