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「やれやれ、聡い弟子を持つと、師匠は苦労するものだ」

 エルダーリッチはそう言うと、観念したかのように笑ってみせた。

「去る者の側に立って、わがままを押し通しただけだというのに、そこまで喝破してみせるとは、私はそれほど臆病者に見えたかね」

「半分は勘だよ。ただ、このところ珍しく感情的になることが多かったから」

「なるほど、よく見ている」

 月明かりに照らされたエルダーリッチの姿は、けして夜の闇に溶けることのない、力強き古の英雄、そのものだ。

「私は『ヴァージニア・エル=ポワレ』という生き方を捨てることができない。君が推察したとおり、私は私を怖れているとも言える。使命を帯びた虚勢とは、呪いなのだよ」

 俺だって確信があったわけじゃない。ただ、もし俺がエルダーリッチと同じ立場だったらと、そう考えただけだ。仲間のために自分自身を捨てる。俺がもし、一度その選択をしてしまえば、きっとまた同じことをしてしまうのではないかと、自分を怖れる。エルダーリッチが仲間たちとの間に、どこか一線を引いているのは、きっとそのせいだ。

「君もよくわかっただろう。私のような化石は、頑固で偏屈なのだよ。だからもし今後、私が英雄の矜持にかられ、君たちのために命を落とすようなことがあったとしても。君たちがネコ族たちのように悲しんだり、気に病んだりする必要はどこにもないんだ」

 エルダーリッチの腕が、俺の肩に回される。髪の香りが俺の鼻をくすぐる。

「これは師匠としての命令だ。君は私のために立ち止まらないでくれ」

不死者であるエルダーリッチの心臓は、音を奏でない。冷たく、静かな抱擁だった。俺は彼女の肩に手を回す。

「悪いけど、その命令は聞けない」

 それが俺の答えだった。

「聞き分けの悪い弟子は、嫌いだ」

「弟子としてじゃない。仲間として、如月空として、俺には、君の死を前提とした約束はできない」

 腕に力を込める。堂々たる大魔術師の偉大な背中が、俺の腕の中ではこんなにも小さく感じる。彼女は伝説なんかじゃない、いま、俺の腕の中に、たしかにいる。

「今後どんなことがあっても、大切な仲間である君が死ななければならないような、そんな辛い選択を強いられるような状況には、俺が絶対にさせない。ヴァージニア・エル=ポワレには、ずっと俺の隣にいてほしい」

 もし英雄としての矜持が、彼女を暗く孤独な道に進ませるなら、俺はその英雄にも立ち向かって、打ち勝ってみせる。もう二度と、彼女をひとりには、しない。

 しばしの沈黙のあと、エルダーリッチは俺の頬に、自分の頬を寄せた。