「お前がじいちゃんの〈魔石〉を悪用しようってんニャら、とっくにそうしてるだろう。それだけの力がお前にはあるんだからニャ」
それはきっと、そのとおりだ。〈魔石〉に封じられたスキルだけが目当てなら、もっと言えばネコ族に言うことを聞かせたいだけなら、俺は相手を屈服させるのに十分なステータスを有している。なんなら、【百鬼夜行】を使ってしまえば済む話だ。それをしない俺に、シュリ自身、思うところがあったのかもしれない。
「お前は、ニンゲンにしてはいいやつだ。それはわかるんだ。オレの仲間たちもお前に信頼を寄せている。お前は、信じるに足るニンゲンだ」
「ありがとう、シュリ」
「礼は言うニャ。オレはまだ、納得(ニャットク)できてニャいんだ。お前は正しい。そう、頭では理解しているんだが。……感情はどうにもニャらねえ。オレはミッケほど合理的にものを考えられないからニャ」
そう言うと、シュリはまた夜空に目を向けた。月の光を顔に浴びて、大きな瞳孔がキュッとしまる。
「教えてくれニンゲン。オレはどうすりゃあいい」
その問いに、俺は即答することができなかった。生まれ育った地も、一族の仲間たちも、当然捨てることなどできないものだ。しかしそれと同様に、亡き敬愛する者との思い出も、大事であることに変わりはない。
風のない夜の谷を、月明かりだけが照らす。色濃く刻まれたふたつの影に、みっつめの影が加わる。
「やれやれ、君は他人に理由を押し付けるのが、よほど好きなようだ」
夜の帳をまとうように、大魔術師がそこにいた。
「エルダーリッチ、いつからそこにいたんだ?」
「酔い覚ましに抜け出して来たら、君の後ろ姿が見えたものでね。盗み聞きをするつもりはなかったのだが、他に行くところもない」
髪をかきあげながら小さく微笑むと、エルダーリッチはシュリに対して向き直る。
「判断は任せると言ったものの、少し背中を押してやらねばならないようだね」
シュリの、ネコ族たちのじいちゃん、剣神アラン。その盟友は、月を背に、影を背負いながら語り始める。
「時の流れはあらゆるモノに変化をもたらす。モノはいずれ、その変化とともに失われる。〈魔石〉に限らず、遺された者たちが故人を慕う気持ちとて、例外ではない」
エル=ポワレの町で、あれほど慕われていたエルダーリッチであったが、彼女が言う『遺された者』とは、彼らのような、後世の人物という意味ではない。数百年間『死んでいた』彼女が知りようもない、もっと、近しい者のことだ。
「このまま谷を飢えさせ、静かに滅びの道を歩いていけば、もっとも大事なそれが失われることになるだろう。それどころか、君たちがこのまま野盗に成り下り続ければ、一族が滅びるよりも前に、剣神アランを慕う心そのものが失われるのではないか」