俺の顎関節から、生まれてからこれまで聞いたことのない音が響いた。整体でゴキゴキバキバキやるあれを、ショベルカーでやると、たぶんこんな音が出る。

「ソラ~? お空にのぼっちゃうぐらい、気持ちいいでしょ~?」


 ――ギュロ。


 のぼっちゃう、ほんとに、お空の彼方まで意識が飛んでいっちゃう。正常な頸椎は、ギュロとかいわない。俺のもはや天文学的なHPが、しゃれにならない割合で減っていく。

「ちょっと、なにやってるのよホエル! ソラ、大丈夫?」

 さすがに騒ぎを聞きつけたリュカが、止めに入ってくれた。リュカがいなかったら、たぶん宇宙までのぼっていたことだろう。酒盛りはその後も続いたが、俺は一足先に宴会場をあとにした。


  *  *  *


「うう、まだ顎が痛い……」

 屋敷を出て、谷底から空を見上げる。夜空には丸い月が浮かんでいた。こちらの世界では、厳密には月とは呼ばないのだろうが、夜空に浮かぶひときわ大きな星に、それ以外の呼び名は思いつかない。

 ふと見ると、もうひとり、いや一匹、月を見上げているネコがいた。

「ニャんだニンゲン。谷の酒は口に合わニャかったのか」

 族長のシュリだ。ネコ族たちの中でただ一匹、〈魔石〉の《分解》に反対しているせいか、宴会場では見かけなかった。

「いや、お酒はうまかったよ。俺の仲間たちも気に入ったみたいだ」

「……そうか、あの酒はじいちゃんも好きだったからニャ。当然だ」

「邪魔して悪かった。俺はもう戻るよ」

 一匹でたそがれているところに、水をさすこともあるまい。俺は踵を返し、屋敷へ戻ろうとした。その背中に声をかけられる。

「まあ待て、ニンゲン」

 俺が振り返ると、シュリのモフモフとした頭頂部が見えた。

「さっきは、すまなかった」

 シュリは俺に頭を下げて、そう言う。ニンゲンであり、毛嫌いしているであろう、俺に向かって。俺は少しの沈黙のあと、答える。

「謝ることはないよ。いきなりやってきた俺たちが、君たちの大事な長老の形見に触れようとしてるんだから。拒絶するのは当然だ」

 シュリの目線から言ってしまえば、俺は嫌なやつだと思う。しかしシュリは、これまでのように激情を表に出すことなく、静かに語る。