フェリスの口から、普段の彼女からは想像できないような声が出た。

「あら、なんの声かしら?」

 ネコ族の統治について、ミッケと話し込んでいたリュカが、ふと顔を上げる。さすがの俺でも、リュカにこの場を見られるのはまずいということはわかる。俺はリュカに背を向け、フェリスの姿を覆い隠す。

「いまたしかに、なにか『ひゃうんっ』って……」

「それはきっと、馬のいニャニャきだ。谷に連れてこられて不安ニャんだろう。もちろん、馬は約束どおり返すから、安心してくれ」

「そっか、そうね。ああそうだわ、馬車の回収も手配しなきゃ……」

 こんな酒盛りの場でも公務を忘れないリュカには頭が下がるばかりだ。それと引き換え、いまの俺ときたらどうだろう。

「ソラ、こんなところで……みんなに見られる」

 図らずしも俺は、大部屋の隅っこの暗がりで、フェリスを壁に押し付けているわけで。いや、これはモフモフナデナデを見られたくないがための不可抗力であって、断じて押し倒そうとしているとか、そういうアレではない。アレではないのだが。

「見られるのは、さすがに恥ずかしい」

「いやいや、これは撫でてるだけだから! モフモフナデナデしてるだけだから!」

 それでも十分アウトなんだよね。むしろもうコールド負けだから。誰かに見られた時点でゲームセットだよ。

「あらぁ~? なでなで~?」

 背後からのんびりとした声と気配が迫ってくる。ついに見つかってしまった。しかもこの母性を体現したかのような重圧は。

「ソラ~? なでなでしてほしいの~?」

 振り返るとそこには、両手にぐったりとしたネコ族をかかえた、ホエルが立っていた。その背後には、フェリスとは比べ物にならないほど、大量の酒樽が転がっている。飲み比べでもしていたのだろうか。べらぼうに飲むことを鯨飲というが、本物の白鯨はやはり格が違う。

「じゃあ~、なでなで~、してあげるね~」

 いや、見た目はさして変わらないが、ホエルもかなりできあがっている。問題はその手がわきわきとうごめいていることだ。逃げ出そうとする俺の頭を、ホエルががっしりと掴み込む。ホエルが俺とフェリスの状況に無頓着であったことは不幸中の幸いだが、幸いなど霞んで吹き飛んでしまうほどの不幸が、今まさに俺の身に迫っている。

「ま、待ってくれホエル。話せばわか……」

「なでなで~」


――ゴッリ。