「さて、ここからが、問題だ」
長い惜別を終え、エルダーリッチが、ようやく俺たちに向き直る。その顔はふたたび自信に満ちている。しかしその自信はどこか、悪役の仮面を被っているように見えた。
「ニャにか問題があるのか。教えてくれ、可能な限り協力させてもらう」
最初にそう応えたのはミッケだ。しかし、エルダーリッチは首を横に振る。
「君たちがするのは、協力ではなく、決断だ」
エルダーリッチがなにを言おうとしているのか、俺にはすぐ理解できた。そう、〈魔石〉からスキルを抽出し、この村に再び風を取り戻す。その計画には、乗り越えねばならないひとつの大きな課題があった。
「《分解》……だな」
俺の言葉に、エルダーリッチは静かにうなずく。ネコ族たちも最初は戸惑っていたようだが、そのうちに、俺の言葉の意味を理解できたようだった。
「改めて説明しよう。この工程にはソラが持つ【錬金術】のスキルが必要不可欠だ。ソラは〈魔石〉を《分解》することで、スキルを《抽出》することができる、つまり」
みんなが固唾をのんで、エルダーリッチの言葉を待つ。ある者は覚悟を胸に、またある者は、見たくない現実から目をそらせずに。
「《分解》された〈魔石〉は、当然のことながら、失われる」
それはネコ族にとって、敬愛する者が、この世から完全に消滅することを意味していた。
最初に口を開いたのは、現在の族長、シュリだ。
「じいちゃんの〈魔石〉が、無(ニャ)くニャっちまうってのか……?」
「そういうことだ」
「み……認められるか、そんニャもん! じいちゃんの形見ニャんだぞ!」
こういう反応になるだろうことは、予想できていた。俺たちにとってはただの〈魔石〉だが、彼らにとってそれはモノ以上の、なにものにも代え難い価値を持つ。それこそ、この谷を離れられないのと同じぐらいに。
「シュリ、お前の気持ちはわかる。ワガハイだって同じ思いだ。だが同時にこうも思う。こうして彼らがこの谷を訪れたのも、じいさんが彼らを呼んだからじゃニャいかと」
「そんニャの偶然だ!」
「この客人は、じいさんのかつての仲間(ニャカマ)だ。偶然でこのようなことが起こるものか」
「認めニャいニャーっ!」
それでも首を横に振り続けるシュリに、ミッケがつかみかかる。
「形見を守ってこの谷と一族を滅ぼすつもりか。たとえ形見を失ってでも、この谷と一族を守るのがお前の役目だろうが。いまの族長はお前ニャんだよ、シュリ!」