「そういうことになるな」

 俺は『魔術師の町』で、大魔術師ヴァージニア・エル=ポワレがどれほど敬われ、崇め奉られていたかを知っている。しかし目の前の、この小さな祠が、あのヴァージニア・エル=ポワレと肩を並べる英雄の墓だとしたら、ささやかに過ぎる。それになにより、気になることもある。俺は思った疑問を率直に尋ねてみた。

「エルダーリッチ、いったい、いつから気づいていたんだ?」

 彼女は目を伏せながら、答える。

「確信を持っていたわけではない。まずは私が、アランの正体を知る数少ない者のひとりであること。そして彼らの剣さばきから、街道で襲われた時点で、なんらかの関係があるだろうことは疑っていた……いや、違うな」

 いつもの自信は影を潜め、エルダーリッチは声のトーンを落とした。髪をかきあげるしぐさにも、少し力が無いように思う。

「私のかつての仲間たち三人のうち、アランだけは、その死に際についての記載がなかったからな。彼は魔物で寿命も長い。正直に言うと、ひょっとしたら世界のどこかでまだ生きているかもしれないという、甘い期待があったんだ」

 エルダーリッチは祠に歩み寄った。その目は物言わぬ墓碑に注がれている。だが視線の先にはきっと、かつての思い出の日々が映し出されているのだろう。

「そうか、君も逝ったのか」

 その場にいる誰もが、黙ってエルダーリッチの小さな背中を見守っていた。俺自身も、彼女にかける言葉を持たなかった。一度味わった離別とふたたび向かい合う。その苦痛を分かち合えるほど、俺はまだ、彼女の背中に、追いつけていない。


  *  *  *


 剣神アランは魔物の身でありながら、人々を守るため剣を取り、強大な魔物たちに立ち向かった。彼らは死闘の末、大魔術師ヴァージニア・エル=ポワレの身と引き換えに、脅威を、悪魔の森へと封じ込めることに成功した。それがエルダーリッチの知る、物語の結末だ。だが遺された者たちの物語は続く。


 かつて俺がいた世界には、狡兎死して走狗烹らる、という言葉がある。兎を追い詰めるのに役立つ猟犬も、兎が死んだあとは用済みになって鍋の具材にされてしまう、というものだ。人類の脅威たる魔物が封じられた後の世界で、英雄でありながら魔物でもあった剣神アランがたどった運命は、想像に難くない。この『剣の谷』と、目の前の墓がそれを物語っている。かつての英雄が、世の目を忍んで興した、同族たちによる集落。それがこの谷の正体だ。

 今なら理解できる。ネコ族がなぜ、あれほどまでに人間を毛嫌いしていたのか。人と魔物の共存という理想を拒絶したのか。