ネコ族たちが住まう、死にゆく集落、剣の谷。ある日突然やんでしまった風を、取り戻す決意を固めた俺に、エルダーリッチ、古の大魔術師が微笑みかける。
「風を取り戻す方法は、すでに見当がついている」
そう自信ありげに話すエルダーリッチに、みんなの視線が集中する。
「なんと、それはいったいどういう……」
「教えろ! いや教えてくれ、頼む!」
ミッケとシュリをはじめ、谷じゅうのネコ族たちが、食い入るようにしてエルダーリッチの言葉を待つ。
「その前に、ひとつ確認させてもらいたい。風が止んでしまったのは、先代の族長が亡くなったころ、というのは間違いないかね?」
「はい、その通りです。じいさん……あ、いえ、先代族長がこの谷を仕切っておられたころは、まだこのような事態にはニャっておりませんでした」
エルダーリッチはふむ、とうなずくと、ネコ族たちの顔を見回す。
「ならば〈魔石〉があるはずだ」
それを聞いて、俺は合点がいった。
「なるほど、そういうことか!」
「ヒントを与えすぎてしまったかな」
俺は風が自然に吹いていたものだと考えていた。だがもし、風そのものが、先代の族長により人為的に生み出されていたものだとしたら。それはスキルによるものに他ならない。
そしてもうひとつ、先代族長は言わずもがな、ネコ族だろう。つまり魔物だ。ならばその死に際し、必ず〈魔石〉が遺されているはずだ。ならば俺がやることはひとつ。〈魔石〉から風を発生させるスキルを《抽出》する。だが当然、これには問題がある。
「〈魔石〉からスキルを手に入れたとして、それだと俺がここに駐留しなきゃいけないことにならないか」
「それは心配には及ばない。君は私の最高傑作、アジ・ダハーカを覚えているかね」
邪龍アジ・ダハーカ。俺たちが悪魔の森を脱出する際、大迷宮の最後の障壁として立ちはだかった、無敵のドラゴン。その正体は、大迷宮の守り人エルダーリッチによって作り出されたゴーレム、すなわち無機物生命体だった。リュカたち悪魔の森の最高戦力をそろえてなお、ギリギリの戦いを強いられた相手だ、忘れるはずもない。
「その顔は、私がやろうとしていることに気づいたようだね」
「無機物に、スキルを転写するのか。転移水晶の加工に使った【破壊光線】みたいに 」
「ご名答。もっとも、この場合は 少々複雑な手順を踏むことになるがね」
およそ不可能に思われた谷の復興が、俺の【錬金術】とエルダーリッチの技術により、現実味を帯びてきた。