【気候操作】


 谷から見える空に雲がかかりはじめ、あっという間に荒れ模様になる。降り始めた雨が家々の屋根を叩く音は次第に大きくなり、数十秒もしないうちにオーケストラを奏で始める。嵐による横風が、谷を吹き抜けた。いったいどれほど動いていなかったのか、ギギギと軋む音を響かせながら、谷を埋め尽くす風車が回り始める。

「おお、やったぞ。成功だ!」

「当然ですわ。なにせこの【気候操作】はわたくしとお兄様にのみ許された奇跡! そしてこの嵐は、わたくしどもが初めて出会ったあの日の輝かしき思い出! いわばわたくしとお兄様の愛の結晶そのものですわ!」

「それはたぶん違うけど、すごいぞフウカ!」

 その後もペラペラと講釈を垂れ流しながら、フウカは谷底の屋敷へと降りてくる。そして翼を折りたたんで着地した、まではよかった。

「あら、変ですわね?」

 フウカが翼をたたむと同時に、雲間から光が漏れ、雨があがる。風も、やんでしまった。

「おかしいですわ。わたくしの【気候操作】に、ぬかりはございませんのに」

 試しに俺も【気候操作】を使ってみる。谷の上空でぐるぐると雲が渦巻き始めるも、風が吹き抜けるほどの嵐にはならない。

「そうか、谷底だからだ」

 【気候操作】は『視界内の気象』を操るスキルだ。フウカのように谷の上空まで飛び上がるのらまだしも、谷の底から発動した場合、見える範囲の少なさから、その力を存分に発揮できないのだ。

「うーん、上手くいったと思ったんだけどなあ。それにフウカか俺のどちらかがこの谷に常駐する、ってわけにもいかないからな」

「わたくし、お兄様のそばを離れるつもりは毛頭ございませんわ」

 ずぶ濡れになったフウカの髪を拭きながら屋敷の中に戻ると、室内のあちらこちらで豪快に雨漏りしていた。

「このあたりはあまり激しい雨は降らニャいからな。それにいまの嵐で家がいくつか倒壊したうようだ。一瞬風が吹くとはいえ、ワレワレの谷にすべての家を建て替えるほどの余力は無(ニャ)い……」

「それはなんというか、申し訳ない。そうだ嵐にも耐える家を建てれば……」

 俺はすぐさま代替案を練る。いまのところ自然現象として風を生み出せるスキルは【気候操作】以外にないわけで、それを基軸に考えるとすれば家の補強は必須だろう。かなり無理があるように思えるが、この谷でそれを実現する方法はあるはずだ。俺にはまだ【錬金術】のスキルがある。諦めるのはまだはやい。そんな考えを巡らせていた。そのとき。