ミッケはその大きな目をスッと細める。

「パタリと止んでしまったのだ、風が。それ以来このありさまだ。生活を支えていたあらゆるものが絶え、いまや自分たちでは、十分な食料の生産もままならない」

「なるほど、それで商隊を襲って食料だけを奪っていたのか」

「ああ、ワレワレは見ての通りの獣人。ニンゲンから見れば魔物の一種だ。ゆえに、金銭的価値のある交易品は、奪い取ったところで卸す先が無(ニャ)いからニャ」

 合点がいった。彼らにとって食料品を積んだ馬車は、狩りの獲物だったのだ。原始人がマンモスを狩ったように、食べられる部分の多い獲物を狙うというのは道理だ。盗賊行為は、立地的にも種族的にも孤立した彼らにとって、自給自足の手段だったのだ。

「それなら、ソラリオンに来ればいい。うちは見ての通り、人と魔物が共存できる街を目指している。無理にとは言わないが、悪くない提案だと思う」

「その申し出は願ってもニャい。……と言いたいところニャのだが」

 ミッケはまたひとつ大きなため息をつくと、窓際でふてくされている族長、『剣神』のシュリに目を向けた。

「この際だ、はっきり言おう。この谷はもう死んでいる」

「まだ死んでねえ!」

「……とまあ、このように。現実を受け入れられニャいやつらも多いというのが現状だ」

 なるほど、彼らはこの谷で生きることに、こだわりを持っているようだ。シュリはテコでも動かないといった具合に、どっしりとあぐらをかいている。彼のような考えを持つ者も、けして少なくはないのだろう。

「ワレワレは、地下水のくみ上げも、織機を動かすのも、炉に空気を送るのも、すべて風車の力を借りていた。この谷の名産品である剣も、錆びるいっぽうだ。このままでは早晩、狩りも盗賊稼業も立ち行かニャくニャる」

「それならば、風さえ吹けばいいということではありませんか?」

 話を真剣に聞いていたフウカが、首をかしげる。たしかに、フウカが持つスキルには【疾風迅雷】の他にもうひとつ、強力なスキル【気候操作】がある。それを使えばこの澱んだ谷に風を送り込むことは可能かもしれない。

「試してみる価値はありそうだな。フウカ、任せても構わないかい」

「お任せくださいませ! このわたくし、他の方々のように力も強くなければ、体もそれほど大きくはございませんが、ただのビリビリする鳥ではございませんのよ!」

 フウカは勇み足で屋敷を飛び出すと、不死鳥の姿へと姿を変え、天をあおいで翼を広げた。それを見ていたネコ族たちは一様に目を丸くする。

「さあご覧くださいませ。このわたくし、不死鳥だけに許された超絶奥義。雲よりこぼれる雨粒ひとつとて、大空にあってこのわたくしに御せないものはございませんのよ」

 相変わらず長々とした口上ののち、不死鳥は空高くへと飛び立った。そして谷を見おろすほどの高さまで飛び上がると。