*  *  *


 剣の谷。かつて剛剣を振るい、神とまで称された英雄が、一刀のもとに山を裂き、この谷が生まれたという。いわゆるおとぎ話であり、よくある創世神話のひとるに過ぎない。それがまごうことなきただの事実であることを、俺たちは思い知ることになる。

「ここが剣の谷か……」

 そこはネコたちがたむろするアジトというよりも、深い渓谷の村といった様相だった。両脇の断崖には、木で組まれた足場と、簡素な住居が立ち並んでいる。そのいずれもから大きな風車がニョッキリ生えているのが目についた。

「ソラ、イエカラ、オハナ、サイテル」

「ミュウ、あれは風車といってね、風を受けて回る装置だよ」

 しかしながら、肝心の風車はどれひとつとして回っていない。むしろ谷にはいってからは、まったく風というものを感じないせいか、まとわりつくような、重く湿った空気を感じる。

「なんか思っていたよりも陰気な場所ね」

 リュカが言ったとおり、どうにも負のオーラが満ちているというか、この場所から生気を感じない。しかしこちらを警戒するような視線は、ビシビシと痛いほど感じる。

「ミッケの襲撃隊が、いま戻ったぞ」

 案内ネコの叫ぶ声が、谷にぐわんぐわんと響いた。それを聞いてか、両の崖からネコ族たちが顔を覗かせる。その中の一匹が飛び降りたかと思うと、俺たちの眼前にシュタッと着地した。暗い毛並みに加え、額の毛は大きなバツ印を描いている。体格も他のネコたちと比べてひと回り大きい。こいつがこの谷のボスネコというわけか。といっても所詮はネコなので、俺と比べれば子供ぐらいの大きさしかないのだが。

 ボスネコはムスッとした顔で俺たちを一瞥すると、案内役を務めてくれたネコたちに、牙を向いて話しかけた。

「ニンゲンを捕虜に取る必要は、ニャいと伝えたはずだが。それとも、お前らがオレたちを裏切って『外敵』をこの谷に招き入れたのか……果たしてどっちかニャ」

「シュリ、警戒するのはわかるが、聞いてくれ。彼らはワレワレの敵ではニャい。このオスは、ニンゲンと魔物の共存を志す者、ワレワレにとっては味方だ」

「キサマ、いつからニンゲンの家畜に成(ニャ)り下がった!」

 ボスネコは怒りの形相で剣を抜き放った。背丈ほどもある無骨な刃が、案内ネコの目の前に突き立てられる。これは思ったよりも頭が固そうだ。

「落ち着け、彼らはワレワレの力にニャりたいと言ってるんだ」

「ニンゲンの言葉など、信ずるに値しニャい!」

 ボスネコが踏み込んだかと思うと、重そうな剣が、目にも止まらぬ速さで同族のネコに襲い掛かった。