――ベキャッ。


 鈍い打撃音。顔面に重い一発を食らった少年が一〇メートルほど吹っ飛んだ。

「言うほど、強くはなかった」

 隣を見るとフェリスの拳から、白い冷気が立ち昇っていた。そうだ、俺のことになると、なによりもまず手が出るフェリスの存在を忘れていた。かつてグルーエルに放った平手よりも、だいぶ腰が入っているように思える。

「フェリス?」

「すまないソラ。別の方法を取るべきだと思ったが、他になにも思いつかなかった」

「仕方ないわ。弱肉強食の世界では、自分の立ち位置を確かめることも必要だもの。噛みつかれたら、ちゃんと噛みつき返してやらないと、相手のためにならないわ」

 フェリスの行動に、リュカも賛同する。リュカも彼の言動には思うところがあったのか、拳には陽炎が揺らめいていた。まあたしかに、誰彼かまわず喧嘩をふっかけるのは、自然の摂理から言っても懸命とはいえない。このエル=ポワレ魔法学校に、悪魔の森のような食物連鎖のピラミッドが存在するかどうかは別として。

「おぎゃあああ! 目が、目があかねえーっ!」

 ぶん殴られた彼はというと、鼻から上がカチンコチンに凍りついていた。冷たさのあまり痛みを感じないのか、自分の鼻が折れていることには気づいていないようだ。しかしあれで気を失わないとはたいしたものだ。マリリン校長や他の生徒たちはおろおろしながら様子を見守っている。うーん、ここは俺が場を収めるしかさなそうだ。

「あー、その。君、大丈夫か」

「大丈夫じゃねえよクソがあ!」

「だろうな」

 エルダーリッチから、回復魔法も教わっておくべきだったかもしれない。そうこうしているうちに、少年は自分の顔に《ヒール》をかけて立ち上がった。折れた鼻はすっきりと元通りになっている。

「やってくれたな錬金術師ども! このオレサマに舐めた態度をとりやがって。このままで帰すと思うなよ!」

 いや見学が終わったら帰るよ。とはいえ、このままにしておくと、他の生徒や先生たちに迷惑がかかりそうだ。

「別に君のことを侮っていたわけじゃないよ。むしろ感心してたんだ。見ていた限りじゃあ、一発も的を外してなかったからね」

「その上から目線が舐めてるって言ってんだよ! 勝負だ! オレサマと勝負しろ錬金術師!」

 少年は顔を真っ赤にしながら俺を指さす。痛い目にあわされたフェリスとは極力目を合わせないようにしているのが、なんだか少しかわいらしくさえ思える。