「平和が……パンツを……!」

 俺の毅然とした要求に、キーラさんは言葉を詰まらせる。だがそこは俺と同じく都市を率いる代表だ。彼女もまた、仲間のため、街の宝をおいそれと手放したりはしない。

 このあたりで、助け船を出す。

「こちらからの返礼品として、自動車をお譲りしましょう」

 再び、会場がざわめく。もちろんこれは、ただ単にモノを譲り渡すという話ではない。自動車そのものはまた作ればいいが、重要なのは技術のほうだ。自動車技術は間違いなく、今こちらが切れる最高のカードだろう。昨日くりひろげたテレビ通販番組ばりのデモンストレーションが、よく効いている。

「あのジドウシャを……!」

 キーラさんが眉間を摘まんだ。

「こちらとしては、そのお話は想定外でした。しばしお時間を」

 キーラさんを囲んで、エル=ポワレ側の会議が始まった。音声は魔法で遮られているらしく、なにが話されているのかはわからない。大きな身振りとともに、口角泡を飛ばしているのは、先日見かけた《サンダー》に関わる磁力の研究者だ。

 彼は喉から手が出るほど、モーターの技術を欲しがっていた。彼の意見が通れば行けるか――。

 やがて魔法が解かれ、再びざわめきがこちらにも響いてきた。

「こちらの意見がまとまりました」

 口の中が乾く。しかし、緊張を悟られてはならない。

 キーラさんは、重く頷いた。

「我々エル=ポワレは、あなた方ソラリオンの意向を受け入れ、ヴァージニア・エル=ポワレの下着――パンツ、これを譲渡する代わりに、こちらはジドウシャを拝受することに同意致します」

 俺の手元にある羊皮紙に、絵が浮かび上がった。俺の自動車と、エルダーリッチのパンツだ。

「話は、まとまったようですね」

「しばし、お待ちを」

 やがて従者の男が持ってきたのは、金属製の重々しい箱だった。

「中身の確認を」

 従者は頷いて、金属のフタをあけた。中にはガラスが張ってある。その奥には、紛うことなきエルダーリッチのパンツ、に見えた。

 しかし念には念を。


《融解》