キーラさんと秘書がなにかを話し合っていて、やがて一枚の羊皮紙が空中を飛び、俺の手元に広げられた。俺は長々と書かれたその書類に目を通す。

 おおむね、昨日話した通りの内容だ。相互不可侵の基本的な取り決めに加え、技術分野での提携と、ポワレ街道の整備など民間交流の支援に向けた要綱が並んでいる。

 ざっと見る限り、ソラリオンと対等かつ友好的な関係を築きたいという好意的な内容だ。少なくとも、エル=ポワレにこちらを出し抜こうなどという二心は、ないように思う。実に誠実で、よくまとまっている。

 しかし。

「……足りないな」

 俺が人さし指を立て、キーラさんに目を向けると、彼女は浅く頷いた。

「こちらとしては、可能な限りの条件を提示しました。その上でご提案がおありと?」

 和やかにまとまりかけた空気が、やおら波立つ。しかしここは、領主として、威厳をもって要求しなければ。リュカも言っていた、仲間のためだ。

「拝受したい品が一点」

 会議室中の視線が、俺に集まった。

「大魔術師ヴァージニア・エル=ポワレの遺物を頂きたい」

「譲渡可能なものはございます。たとえば帽子などは……」

静まり返った会議室で、俺は言うべきことを言った。

「先日拝見した、紫色の下着……」

 俺は一息吸うと、改めて真剣な目をキーラさんに向ける。


「パンツを所望します」


 場がざわついた。当然だろう。なにせ町の宝なのだから。キーラさんは、焦りを隠しているように見えた。

「他のもので換えは効きませんか? あの下着は、彼女の遺物の中で、最高の保存状態を保っています。歴史的遺物として、非常に貴重な……」

「だからこそ、頂きたい」

 考え抜いた末、という様子で、キーラさんは言葉を絞り出す。

「……歯ブラシでは?」

「話になりません。」

 ここは譲れないところだ。

「しかし、それでは一方的な……」

「俺も、エル=ポワレとの協定をフイにしたいわけじゃありません。しかし」

 けして、恥ずかしくない王であれ。俺はそう自分に言い聞かせる。

「平和はパンツを欲しています」