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「ちょっとキーラさん! いきなりどうしたんですか⁉」

 急に地べたに這いつくばったキーラさんに、俺は手を伸ばした。

「だって……《人魔を統べる王》がこの町を侵略しないはずが……」

 《人魔を統べる王》――かなりエラソーな響きだが、一応これは俺の称号だ。ということはキーラさんにはこっちのステータスが見えているのだろうか。だとすると、大人しくついてきてくれているリュカたちの圧力は、見た目よりもはるかに大きい。サレンに至っては『魔王』だし。しかし脅して土下座させるために、足を運んだわけじゃない。

「この町が差し出せるものはなにもありません! 食料ならいくら持っていってもらっても構いません! どうか魔道書と命だけは!」

「顔を上げてくださいキーラさん。俺たちはエル=ポワレと対等な関係を築くために来たんです」

「でも、ソラどのはあんな凄い魔法アイテムを造るだけの魔法技術をお持ちです……もはやこの町が提供できる技術はなにも……」

 なるほど。キーラさんはそんなふうに感じていたのか。なんか悪いことしちゃったな。

「そんなことはありませんよ」

 キーラさんが顔を上げる。俺は続けた。

「確かに、技術的に考えると、エルダーリッチの魔法の方が優れている点は多いと思います。けれども、魔法について満遍なくアプローチしている、この町のポテンシャルというか、こう言うと偉そうに聞こえるかもしれませんが、そういう姿勢は大きな価値を持っていると思います」

 俺はキーラさんを刺激しないように、言葉を選んだ。でも、嘘は吐かない。

「特に、学校については、俺も学ぶことが多いです。俺たちの町には、まだ学校がありませんから」

 エルダーリッチが頷いた。

「ソラの言うとおりだ。この町の学校は素晴らしい。私の時代では、魔法は基本的に徒弟制度だったんだ。師匠が弟子に教えるものだった。こんなふうに大規模な施設を作って、多くの者を学ばせるという発想も土壌もない。秘密主義だったからね。魔法という秘奥が門戸を開いているこの町を見ると、私は感慨深いよ。それに」

 魔法学校の影から見える、魔法大図書館の尖塔を見てエルダーリッチは言った。

「書物についてもそうだ。魔術師にとって、書物は財産。秘匿されるものだった。それがこの町では、あらゆる人間に知恵の海が開かれている」

「そうだ、図書館も欲しいな! 今度市長と相談してみよう。あんな立派なものは難しいだろうけど」