「おっと失礼」

 俺は慌ててブレーキを踏む。よそ見運転がいけないのは、どこの世界でも同じだ。

「ここでしばらく待て! 代表がいらっしゃる!」

 そう言って衛兵は逃げるように、しかし車をチラチラ見返しながら、その場を去って行った。やっぱり衛兵も魔術師、自動車への恐怖はあれど、興味もまた持ち合わせているらしい。魔法を動力源としていることが、思った以上に功を奏しているようだ。


 車から出てしばらく待つと、眼鏡をかけた女性が現れた。やはりローブを着ている。これは魔術師の制服のようなものらしい。彼女は俺と仲間たちに目をやると、ひとつ咳払いをした。

「私はこの町、エル=ポワレの代表を務めているキーラ・マティスと申します。『錬金自治領』の長、ソラどのに相違ありませんね」

 かなり神経質そうに、キーラさんは言った。大きな町の代表と言えど、こういう外交の場では、やはり緊張するのかもしれない。すごい汗だ。俺もできるだけ丁寧に、相手を刺激しないように返事をした。

「如月空と申します。お初にお目にかかります」

「使者を出したはずですが……行き違いになったのでしょうか?」

「お会いしましたよ。一本道じゃないから、たぶんどこかで追い越しちゃったんだと思います」

 キーラさんは、それを聞いて目を丸くした。

「そのジドウシャが……馬を追い越したと……?」

「かなりスピードが出せるので。最高速度はまだテストしたことはないですけれど、馬の並足に比べると、十倍くらいの差はあるんじゃないかな」

 顔を引きつらせたキーラさんは、眼鏡を外してハンカチで拭いた。

「これを造った魔術師は、いったいどこで学ばれたのでしょう……?」

「実は、俺が造ったんです。魔法を学んだのは、彼女から」

 そう言って俺は、エルダーリッチを紹介した。何百年も魔法を研究している、大迷宮の守り手などと言うと卒倒しそうだから、魔物の森の門番、くらいに説明しておいた。

 エルダーリッチは、軽く頭を下げる。

「教え始めたのは、ごく最近のことだけれどね。彼は飲み込みが早い」

「………………」

 キーラさんは、さっきとはまた別のハンカチを懐から出して、こめかみから流れる汗を拭った。


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