「そういや俺、呪文とかなにも教わってないんだけど、やっぱり必要なのか?」
エルダーリッチは、くすりと笑みを漏らす。
「私は地図を教えない。私が教えるのは道だよ」
よく分からない答えが返ってきた。
使者の手元に目を移すと、ティーカップの水面が揺れている。やがて紅茶が球体になり、ぷかりと宙に浮かんだ。
使者は、どうだ驚け、という態度を隠さずに俺を見た。
「とくとご覧なさい。これが本当の魔法というものですよ、ソラどの。錬金術ではない」
エルダーリッチの魔法を見慣れている俺としては、たいした感想はない。なんと答えたものか迷っていると、エルダーリッチが口を開いた。
「なるほど、あなたの〝程度〟はだいたい分かった、ではソラ」
彼女の笑顔は、いたずら心を隠さない。
「君も彼と同じことをやってみたまえ。ただし、魔法は使わないこと」
「ああ、わかった」
魔法を使わない――つまりスキルでなんとかしろということだ。
まあ、難しいことではない。
【天衣無縫】
ホエルと【不断の契り】を交わしたことで、継承したスキルだ。
何ものにも縛られず、重力を自在に操作する。彼女らしいスキルだと思う。
俺の紅茶が、使者のそれに並んで、宙に浮かんだ。
「そんな……いや、嘘だ、何か仕掛けがあるに違いない」
使者はきょろきょろと部屋を見渡した。
「どこかに魔術師を隠しているだろう! 《不可視化》の魔法を使っているんだ、そうに違いない! 第一、私の紅茶は完璧な球体で、しかしあなたのはそうではない!」
「球体がいいんですね」
お好み通りに形を変えようとすると、
「ソラ、魔術師にできないことをやってみたまえ」
エルダーリッチが言った。
「次は錬金術で、そして……」
ウィンクをひとつ。
「なるべく、派手にだ」
そう言われると、俺も楽しくなってくる。
では早速始めよう。