節くれだった指が羽ペンをつまみ、地図に丸をつける。
「エルンメルタという、機織りで有名な町ですじゃ。行商人が積んどる絨毯は、たいていエルンメルタ産ですな。あとはここ、グリオーブ。良質な石材が採れることで有名ですじゃ」
「興味深いですね」
機織りの技術というのは、錬金術に取り入れられそうだ。俺は《分解》と《構築》で衣服を造ることがあるけれど、機織りの原則を理解すればもっと高度なことができるかもしれない。
そして石材。この街の近くで採れる石材もそれなりに優れているのだが、俺としてはもう少しいろんな種類を知りたい。“悪魔の森”でもミスリルなどの鉱石は採れるが、あれらはエルダーリッチいわく、気軽に加工できるような代物ではないらしい。それこそ【錬金術】のスキルでもないかぎりは。
なんにせよ、いろんな特色を取り入れられるという点において、傘下の町ができるのは良いことだ――と、ここでドアがノックされた。
「失敬」
エルダーリッチだった。
「ソラ、それに市長。転移水晶の量産は、軌道に乗りそうだよ」
「おお、それは素晴らしいですじゃ!」
転移水晶。俺がグルーエルという魔術師に、悪魔の森へと送り込まれた魔法アイテムだ。あまり良い思い出はないけれど、これを量産できれば、魔法《門》が使えない普通の人でも、瞬時に長距離を移動できる。
「これで行商が、より活発になりますな!」
「ええ、」
《門》と違って、移動する場所は一か所に限定されるけれども、それでも便利になるには違いない。交易や伝令に限らず、応用の幅は広い。万が一、身に危険が迫った際の緊急避難にも使えることを考えれば、この街を拠点とする冒険者ひとりひとりが、持っていてもいいだろう。
「グルーエルとやらの残した記録を読むと、これまでは転移水晶ひとつ作るのに二、三年かかったそうだね」
エルダーリッチは、来客用のソファに腰を下ろし、足を組んだ。
「ヴァージニア・エル=ポワレの研究を継承した連中が、あれというのは情けないものだ」
彼女の本名だ。グルーエルは彼女が残したメモを元に、魔術研究を進めていた。
「連中の稚拙なやり方ゆえというのはあるが、確かに座標を含めた術式の立体刻印は面倒だ。だが私の手にかかれば……というか、これはソラのアイディア勝ちだな」
そう言って、俺に微笑みかける。
「アジ・ダハーカの【破壊光線】を、水晶の加工に転用するという発想はさすがだ」