若い女が、ちょくちょくソラに声をかけてくる。無視すればいいものを、ソラはそれにいちいち答えて、錬金術まで使ったりする。
「これで直りましたよ」
「ありがとうございますーう」
片目をつぶって、女は去っていく。ウィンクといって、親愛の情を伝えるジェスチャーらしい。私もかつて鏡の前で練習してみたが、上手くいかなかった。
「………………」
ああ、また感情がよどんでくる。いけない、今はデートを楽しむのだ。
「王様、桶が漏れちゃって……」
桶屋に頼め。
「王様、スカートの裾が破けちゃって……」
服屋に頼め。もしくは自分で縫え。
しかしソラは文句も言わず、錬金術を惜しげもなく使う。王に木端仕事をやらせるとはなにごとだ。文句のひとつも言ってやりたいが、嫉妬していると思われたらイヤだ。
いや、私は明確に嫉妬している。
ソラと出会ってから、感情のコントロールに苦労することが本当に増えた。大事な存在なんて誰ひとり存在しない生き方をしてきたから、鍛えられているべき心の部分が、きっと軟弱なのだ。
使わない筋肉が衰えるのと同じことで、私の心のなにかは、ずっと甘やかされてきたのだろう。
私が思うに、大事な存在との出会いとは、心の鍛錬なのだ。嫉妬や自己嫌悪を克服して、相手にとって良き存在とならねばならない。
「どうしたんだ? フェリス」
ソラが、少し心配そうに尋ねてくる。
「なんでもない」
少し、答え方が素っ気なかっただろうか。
それから、百貨店に行ってラメンを食べた。
つるつるした麺に、温かいスープ。
これを食べている間は、少し心が落ち着いた。
落ち着いてくると、今度は悪魔の森で食べたカレーのことなんかを思い出して、鼻の奥がツンとする。
最近の私は、本当に変だ。
「王様! 前に食わせてもらったモモイノシシ、あの骨を出汁に使うと新しいスープができそうなんだがね!」
料理人の言葉に、ソラが答える。
「それはいけませんよ。塩くらいならいいですけど、基本的には町か行商で手に入る材料を使いましょう。必要なのは安定供給です」
「そりゃあ、確かに仰る通りだ!」
「ともかく、出汁は他のものを試しましょう。そうだ、実は思いついたことがありまして」
ソラと料理人は、楽しそうに話し合っている。最近のソラは本当に忙しくて、楽しそうだ。
「フェリス」