俺はイスに座りながら答えた。
「彼女の言っていた〈魔力核〉ってやつが、グルーエルたちには使いこなせないんだろう。エルダーリッチの時代には〈魔力核〉はあったのか?」
「あった。正確に言えば、あるとされていた。無限の魔力を生む宝玉だそうだ。選ばれた者だけが使いこなせるという」
「じゃあ、サレンが選ばれた者ってわけか」
「ただ、そうなると疑問が残る」
エルダーリッチは立ち上がると、魔法で湯を沸かしてお茶を淹れてくれた。ポットと温められたカップをテーブルに置いて、彼女は続ける。
「無限の魔力などというものを持っていたとすれば、あの勇者ごときに遅れを取ることはなかっただろう。勇者どもは君の力を目にして、逃げ出したそうじゃないか」
「となると、サレン自身も〈魔力核〉を完全に使いこなしてはいなかったってことか」
「それは実に……魅力的な解釈だな」
ポットから、微かに甘い香りが漂ってきた。エルダーリッチは続ける。
「〈魔力核〉に言い伝えられるほどの力がなかったということも十分に考えられる。しかしながら、サレンが〈魔力核〉を使いこなせていなかったというという君の説には、やはり説得力を感じるな。なぜなら“勇者”という力を持ちながら、それに敗北したサレンの引き渡しを求めるということは、かつてのサレン以上の可能性……強さを〈魔力核〉に求めていることの証左だからだ。連中はおそらくサレンを“コントローラー”にして〈魔力核〉の力を引き出そうとしている」
エルダーリッチは、ポットからお茶を注ぐ。
「ありがとう」
「どういたしまして。さて、君が仲間と言った以上、もうサレンを引き渡すことはないと思うが、万が一彼女が国王の手に渡ったとなると、厄介だぞ」
そう言って、紫の目で俺を見た。
「サレンは魔王としてひとりで魔物を率いて“人間すべて”と渡り合っていた。それが一国の手に渡るとどうなる?」
「それは……」
容易に想像がつく。世界中でひとつの国だけが、何度でも使える核兵器を手にしたようなものだ。
「〈魔力核〉を手にした国王は、魔王と比べものにならないくらいに困った存在になる。サレンから〈魔力核〉を奪うために《異世界勇者召還》などという外法に手を染める連中だ。間違いなく、世界征服に手を出すだろう。そこへ更に勇者という力が加わるのであれば、大勢の人間の死は避けられない」
お茶を少し飲んで、エルダーリッチは言った。
「私はこれでも、まだ人間を護る存在でいたいのだよ」
そもそも、人間を滅ぼしかねない魔物を封じるために、悪魔の森の迷宮を造り、そこに人生を捧げた彼女だ。その気持ちは誰よりも強いに違いない。
「〈魔力核〉に関して言えば、君が《鑑定》をかければ手っ取り早いだろう。それはともかく、だ。喫緊の問題は、この町と王国との関係ではないかな」
「確かに、そうだ」