「別に領地やら人足やらを渡せと言っているわけではない……たかが魔物だぞ。森に入ればいくらでも転がっている」

 フェリスの眉がぴくりと動いた。

「それを外交カードとして使わせてやると言っておるのだ。感謝こそされ、そんなに睨まれるのは心外だな」

 雨はいよいよ本降りになってきた。雷が轟く。

「なるほど、お前はあの魔物の……サレンの正体を知らないらしいな」

 グルーエルのフードから水が滴る。

 ひときわ近くで雷が弾け、真っ白な視界にグルーエルの影が差した。



「サレンは、魔王だ」



 雷の轟きが、遅れて届いた。

「魔王……だって?」

「そうだ。魔物の分際で、人類を害する巨悪だ。魔物を束ね、魔物を狩る兵を襲う。恐れ多くも国王陛下の兵をだ。重罪だ……魔物に罪などという概念が伝わるかどうかはわからんがな」

 グルーエルは、ゆっくりこちらへと歩いてくる。

「どちらにせよ、罰は必要だ。わかるだろう。それとも人語を話す少女の姿にほだされたか?」

 そう言って、笑った。 

「あれはゴブリンどもと同じ魔物なのだ。魔物は家畜ほど便利ではないが、ときには役に立つ。お前にサレンは使いこなせまい」

 グルーエルは、フェリスを見た。

「そこの女も魔物だな。他にもいると聞いている。魔物をはべらせてそんなに気分が良いか? 如月空。愚かな手段で、王を気取るのはよせ」

「ひとつ、言っておく」

 俺はグルーエルの目を睨んだ。

「サレンがなにをしてきたのか俺は知らないし、その罪を償わせたいお前たちの考えもわかる。ただ俺の仲間を、これ以上侮辱することは許さない」

「悪魔の森の狂気が、貴様を蝕んだのか」

 グルーエルは眉をひそめた。

「魔物を仲間だなどと……正気とは思えん。魔物を侍らせて魔物に染まったか。もはや、会話が通じる存在ではないな。如月空、貴様は狂っている」

 フェリスが前に進み出た。

「ソラ、すまない。今から私の感情を優先する」

 そう言って、フェリスはグルーエルを睨んだ。

「貴様が魔物をどう思おうと構わない。だが、ソラを侮辱したとなれば話は別だ」

「話が別だとどうなる?」

 グルーエルはモノを見るようにフェリスを見る。

 しかし――それはフェリスも同じだった。

「こうなる」