忘れもしない。
俺を悪魔の森に追放したのは、この男だ。
国王の命令で、俺をこの世界に召喚し――そして俺にユニークスキルがないということを理由に、追放した。
「グルーエル……」
「呼び捨てにしてもらいたくないものだな、錬金術師」
「いったい、なにをしに来た」
グルーエルは、ローブの裾を払った。
「そう目を剥くんじゃない。悪魔の森の王とやらを名乗っているそうじゃないか。王ならばもっと堂々としていろ」
そう言って、鼻を鳴らした。
「魔物ども従えて、王などと……まあいい。私は使者としてきたのだ。それも、別に悪い話を持ってきたわけではない」
「……聞かせてもらおうか」
「空模様も悪い。早く済まそう」
雲間から、稲光が見える。雨が近づいていた。
「国王はありがたくも、貴様らと講和を結びたいとお考えだ。ここはダストン男爵の領地ではなく、正式に悪魔の森に属することになる」
「なるほど、確かに悪い話じゃない」
俺も、王国に対して、思うところがないわけじゃない。
だからといって、こちらにことを構えるつもりはまったくない。はっきり言って、講和は願ってもいない話だ。
「………………」
小雨がぱらつき始めた。グルーエルはローブのフードを被った。
「だが勘違いをするなよ。あくまで国王は貴様らが存在することをお許しになるという、それだけのことだ。はっきり言っておくが」
グルーエルは軽蔑を隠さず、目を細めた。
「人間を統べる国王と同じ場所に立っているなどとは、間違っても考えるな。お前はただ、魔物を飼っているだけだ」
「国王が町の独立を認めるのなら、聞き流す」
雨足が強まってくる。俺は右の手のひらを、握ったり開いたりした。この男は魔術師だ。いまこの瞬間、戦闘が始まってもおかしくはない。
「もちろん、無条件にではない。といっても、たいしたことではないが」
グルーエルは、言った。
「サレン、という魔物を匿っているな。引き渡してもらおう」
「………………!」
ミュウがひと暴れして倒したあの兵たちは、やはり王国のものだったらしい。
「断る、と言ったらどうなる」
「断るだと?」
グルーエルは、心底軽蔑した顔でこちらを見た。
「魔物一匹で事が済むのだぞ。情でも移ったか如月空」
まったく理解できないという様子で、グルーエルは続ける。