勇者どもさえ倒せば、私はかつての力を取り戻していたのだ。千載一遇のチャンスを逃してしまった。

 とても、悔しい――けれども。

 もしあそこで私が勇者どもに襲いかかって、連中の首筋にかじりついていたら、ソラはどんな顔をしただろう。

 騙されていた、とショックを受けるのだろうか。それとも――さっきダストン男爵に向けたような、怒りを見せるのだろうか。

 それは、少し怖い。

 ただ強大な存在を怒らせることを、怖れているわけではない。ソラが怒ること――失望することが、怖ろしいのだ。

 かつて私は魔王として、魔物たちを使役し、その天敵である人間どもを滅ぼそうとしていた。

 しかしソラにとっては、魔物も人間も変わらないのだ。

『サレンも、怖くなかったか?』

 あのときの優しい表情を、私は忘れられそうにない。

 ソラの力を利用しようとしていた自分が、今ではなんだか恥ずかしく思える。

 ソラの側にいたい。

 強いから、ではない。

 優しいから、だけでもない。

 ただ、ソラがなにをするかを見ていたい。

 ずっと側で、見つめ続けていたい。

 私の中で、確実に何かが変わりつつあった。


  *  *  *


 あれから、ダストン男爵は村への干渉を一切してこなくなった。

 ダストン男爵の兵士が敗走したことは、すぐに近隣の村々に伝わったらしい。新しい住民が、次々とやってくるようになった。

「やっぱり、新しい区画を造る必要があるな」

 俺は村長の家で、地図を広げていた。

 新住民を受け入れる住居が必要だし、彼らの畑も開墾しなくてはならない。

「広場から放射状に拡がるように道を敷いて、それに沿って町を広げる感じで行こう」

 その中央に噴水があるイメージだ。

「ソラ!」

 リュカが中に入ってきた。

「また近くの村の人が来たわ! 傘下に入りたいって!」

「わかった、俺が話をするよ」

 この村、というか町ひとつでも手一杯なのだが、新しく傘下に入った村も、放っておくわけにはいかない。インフラ整備も、家や畑の改善も、そこを治める者の仕事だ。