「こうなれば、やはり奥の手を使わねばならんようだなァ……」

 ダストン男爵の背後には、次の部隊が控えていた。しかしどうも様子がおかしい。前進することを戸惑っているような、不思議な挙動を見せている。

「みんなで様子を見よう。ミュウ、《遠隔透視魔法》を使ってくれ」

「みゅ!」

 小さな黒い球体が、ミュウの体からぽんっと飛び出して、兵たちの方へと向かう。俺たちの隣にはスクリーンが現れて、兵のひとりびとりを映し出した。

「あれは!」

 スクリーンを観て、村長が叫んだ。

「あれは、わしの息子じゃ……みな、村の者たちじゃ!」


  *  *  *


 ダストン男爵の後ろの馬車で控えていた勇者一行は、目の前で起こったことがとても信じられなかった。

「兵士が……浮いてたぞ……」

 破壊神カンジが、震える声で言った。

「スライムは魔法まで使うのかよ……勝てるわけねえよ……」

「しかし、ダストン男爵には奥の手があるようだぞ」

 勇者アキラが答えたそのとき、従者が馬車の扉を叩いた。

「お願いがございます。魔女様」

「……なに?」

 不機嫌そうに魔女ナナは答えた。眼にダメージを負って以来、ずっとこの調子だ。

「ダストン男爵からお願いがございまして、逃げる兵士がいたら魔法で焼き殺して欲しいとのことです」

「……いいわ、ストレス解消になりそう」

「そして、勇者様、破壊神様、聖女様は、隙をついて村に回り込んでください。あのおそろしいスライムさえ倒せば、我々の勝利は確実です!」

 ナナが馬車を降りると、ダストン男爵が叫んだ。

「よいか! 今から貴様らを村に突撃させる!」

 戸惑っている兵士たちは、村出身の者だけで編成されている。これならソラたちも反撃できないだろうと、ダストン男爵は踏んでいた。

「お前たちの村を、錬金術師から取り戻すのだ! 村人が奴隷のように扱われているのだぞ!」

 兵士たちは顔を見合わせる。労役のために無理矢理徴用されて、奴隷のように扱われてきたのは自分たちだ。ダストン男爵の言葉を鵜呑みにはできない。

 しかしダストン男爵が叫ぶ。

「逃げ出した者は、魔法で骨まで焼き尽くされるぞ! わかったな!」

 デモンストレーションのように、ナナは手から炎を吹き出して見せた。兵士たちは震え上がる。