「仰る通りにございます」
グルーエルは深く頭を垂れた。
「太古の大魔道士ヴァージニア・エル=ポワレが残した〈紫の書〉。そこに記された魔術大系、その神髄に近づくには〈魔力核〉の操作は不可欠でございます。〈魔力核〉が我らの手元にあるとは言え、魔王がいなければ制御ができぬ状況です」
「もっと大局を見よ、グルーエル! なにか良き案は……」
そのとき、大きな扉の向こうから、衛兵が呼びかけた。
「国王陛下、ダストン男爵の使いが参っております!」
「ダストン男爵?」
目配せをすると、グルーエルが答えた。
「東側の村々を任せておる者です」
「辺境領主か。こんなときに一体なに用だ。通せ」
「はっ!」
衛兵が扉を開くと、ダストン男爵の使いが入ってきて、絨毯に膝をついた。よほど馬を跳ばして来たのだろう、そのひたいには汗が見えた。
「国王陛下におかれましては、ごきげんうるわしゅう……」
「そうでもないわい」
国王は使いを睨みつけた。
「能書きはよい、用件を手短に述べよ」
「はっ。実はダストン男爵の領地に錬金術師を名乗る男が現れました……」
「なにっ!」
顔色を変えて、国王が続きを促す。
「錬金術師には、怖ろしく強い従者がおります。彼奴は悪魔の森の王を名乗り、村を支配下に置きました」
「なんということだ……」
「あの魔物がいる以上、こちらから手を出すことも難しい有様で……」
国王の目にも、まざまざと焼きついている。王国の兵を片っ端からなぎ倒し、魔女の〈眼〉を喰らったおそるべき魔物――その力は、おそらく魔王をも超えている。
「錬金術師は女をはべらせ、まさに王のように振る舞っておりました。これは辺境の一事件ではなく、国王に刃向かう新たな勢力と見るべきかと……!」
国王は眉間をつまんで言った。
「下がれ。外でしばらく待っておれ」
「はっ。失礼いたします!」
ダストン男爵の使いが出て行くと、国王とグルーエルは顔を見合わせた。
「まったく、なんと厄介なことに……」
「ええ……まったく……」
国王はまた錫杖で絨毯を叩いた。
「やはり錬金術師は、あの魔物をどうにかして仲間に引き込み、その力をもって彼奴は悪魔の森を脱出したのだ」
「そうかと存じます。それだけでなく、あの彼奴には、なにかたくらみがあるように思われます」
「申してみよ」