茜色の空を見て、切なさが押し寄せる。
 今ここを去ったら、また一年会えない。
 もっと一緒にいたい。
 それでも、〝友達〟という縛りから抜け出せなくて、わたしはそっと立ち上がった。パッと、隣に座るハルの手が引き止める。

「もう、行っちゃうんだ。もう少し、いたらいいのに」

 跳ね上がる胸を抑えながら、掴まれている手を体へ寄せた。力の緩んだ指は、わたしが動かなくても簡単にほどけていたと思う。

「今度は、リラも連れて来るね」

 本当の気持ちを夕陽に隠して、強がってみせる。これ以上ここにいたら、気付き始めたハルへの想いを消してしまいそうだから。
 またねと背を向けたところで、再び呼び止められた。
 振り返った先には、一輪の花が差し出されている。鮮やかな紫をしたライラック。

「どこにいても、そばにいるよって意味。お守りだと思って」
「ーー友達じゃなきゃ、だめ?」
「えっ?」
「来年は、わたしももう少し大人になってるはずだから。勉強して、伝えたい花、持ってくるから」

 受け取ったライラックを胸に抱いて、精一杯の声を振り絞る。
 今度は、もっと別の意味合いでハルと会いたい。嘘偽りなく、お互いを知り合えたら。
 影が世界を覆うように、辺りが暗くなっていく。

「……逢魔(おうま)が時が……終わる」

 空を見上げたハルが、独り言のようにつぶやいた。

「おうまが……とき?」
「魔物に出逢う時間」

 ルビーのような輝く瞳に見つめられて、動けなくなる。
 頬に触れた指先が、唇へ移る。

『吸血鬼に、心臓食べられちゃうかもよ』

 それでも構わないから、このまま時間が止まればいいのに。

「……また、待ってる」

 優しい眼差しにうなずいて、わたしはハルと別れた。