思わず視点が定まっていたからか、彼が首を傾げる。
 ハッとして、目線を地面へ下げた。

「あの、花……ごめんなさい! お母さんに言って、新しいのを買ってもらいます」

 リラを抱える手が震えた。不安や恐怖、それから得体の知れない緊張感。

「猫はね、この花が好きなんだ。食べても大丈夫だし、猫のための花だから好きにしていいんだよ」
「そう……なの?」

 倒れた花を丁寧に起こす彼は、まだあどけなさが残る十四、五歳くらいに見える。
 逃げ出したい気持ちは徐々に申し訳なさへ変わって、わたしも腰を下ろして花に手を伸ばした。甘くて爽やかな香りが鼻をくすぐる。

「名前は?」
「……花梨」
「おまえ、カリンって言うのか。毛がアッシュブルーだから、ロシアンブルー? カリン、可愛いなぁ」

 リラの頭をクシャクシャと撫でる彼に、わたしは思わず赤面する。

「違っ、それ……わたしの名前。この子は、リラ」

 自分が言われたような気分になって、急に目を見れなくなった。
 猫の名前を聞いてたんだ。早とちりして、恥ずかしい。

「……花梨とリラ。ふたりとも、良い名前だね」

 木漏れ日が差して、人形のような白い髪を輝かせる。初めて、男の子を綺麗だと思った。

「花のこと、親に言わなくていいよ。その代わり、僕の話し相手になって」
「話し相手?」
「みんな怖がって、ここに寄り付かないんだ。せっかくの夏休みなのに、退屈なんだよね」

 とても寂しそうな瞳。優しい声は、不思議なくらい心地よくて、子守唄を聴いているみたいな安心感がある。
 この人は、本当に吸血鬼なんだろうか。
 少なくとも、学校の人が口にするような悪い人には見えなかった。