原稿用紙のマス目に書き込まれていたのは、糾える蔦のような草書体だった。なんとか読めそうな文字もあったが、大半は判読不明だった。土岐はため息をついた。
「お嬢さんは古典文学でも専攻していたんですか」
「ええ。文学部で中世の日本文学を専攻していました。それで、娘のものに間違いない、ということで引き取ってきました」
「なるほど、達筆かどうか、判断できるだけの知識はありませんが、模様としてみても、きれいですね」
「わたくしも、主人も、草書の素養がないので、何が書かれているのか、よくわからなくて・・・」
「わたしも同様です」
「そこに、娘が自殺した理由が書かれているような気がして・・・」
「草書の読めるようなどなたかに解読してもらったんですか」
「いえ、娘のプライバシーですから、草書の解説書を買ってきて、解読しました」
「じゃあ、内容は大体お分かりで・・・」
「ええ、書かれていることは大体わかったんですが、内容がよく理解できないんです」
「・・・と、言いますと・・・」
「書かれている内容と現実が一致していないようなんです」
「というと、空想ということです」
「空想でもないんです。実際の場所とか、実際にあった事件とか、そういうことも書かれているんです」
「それで、解読された内容についてのメモのようなものはあるんですか」
「わたくしが清書したものがあります」
と言って、幸子は再び立ち上がり、スタンドピアノの上から大学ノートを土岐の目の前に置いた。表に、
『千鶴子の日記』
となめらかな女文字で書かれている。最初のページを見ると、
『あたかも大学のキャンパスは、・・・』
という文章が書かれている。土岐はパラパラと大学ノートをめくりながら言う。
「草書体で書かれたということは、盗み読まれるような形で、かりに読まれたとしても、わからないように、・・・知られたくなかったということなんでしょうか」
「わかりません」
「絶対に見られたくないものであれば、自殺を考える前に焼却したでしょうね。しかし、遺書のようなものであれば、すぐ見つかるような場所に置いとくはずですよね」
「餓死が死因だとすると、覚悟の上だと思うんです」