幸子が土岐の目を見る。土岐の右目を見て、左目を見る。眼瞼下垂が始まりかけている。
「管理人が救急に連絡して、救急が来て、一応病院に搬送して、病院で死亡を確認して、そのあと、不審死ということで、検死が行われて・・・」
「それで、死因は?」
「餓死、ということでした」
「ひと月ほどで餓死ということは、水分もとらなかった、ということですね」
 幸子が少し目を見開いて、土岐を見つめる。
「どうしてですか」
「まあ、体質にもよりますが、水分をとっていれば、絶食してもひと月以上は生きられるはずです」
と言いながら、土岐はレモンスライスもグラニュー糖も入れずに紅茶を口に含んだ。ぬるくなっていた。紅茶の香りが鼻腔に拡がった。
「ゴールデンウイークの前、四月下旬になってから、コテージの管理人さんから千鶴子のものかもしれない遺品があったという連絡があって、山中湖まで受け取りに行きました。たぶん、自殺があったということで、貸し出しにご迷惑をかけたと思って、お詫びと連絡のお礼に寸志を持参しました」
 幸子の話がゆるやかになる。土岐はせかせるように言う。
「で、遺品というのは何だったんですか」
「連休中の貸し出しに備えて、徹底的にコテージを清掃していたら、備え付けの机の引き出しの奥から三冊の日記帳が見つかったんです。自由日記という市販されているハードカバーの書籍みたいな日記帳で・・・箱付の」
「コテッジの管理人がお嬢さんのものかもしれない、と言ったということは、記名がなかったということですね」
「それもあるんですが、管理人さんが、文字を読めなかったんです」
「暗号か、何かで書かれていたんですか」
「いえ、これをご覧ください」
と幸子は立ち上がり、スタンドピアノの上に手を伸ばす。黄土色の三冊の函を木製のセンターテーブルの上に置いた。その中の一冊を土岐に手渡す。土岐はA5判サイズの函の中から薄茶色の書籍のような日記帳を取り出した。クロス装丁の上質の本に見える。中扉に、
『自由日記』
とあり、その裏には万年暦の表がある。明治、大正、昭和、平成のすべての年月日と曜日わかるようになっている。その次から縦20字、横10行の原稿用紙が印刷されている。上欄に3センチほどの空欄があり、その上に日付を書き込む空欄がある。