四人目は、右手の親指から。約二週間。
 発病の原因は不明。
 感染経路は不明。
 硝子化の仕組みは不明。
 治療法は不明。
 さらなる研究が必要』
 分からない事ばかりではないか。先生も最初からそう言ってはしたが、よもやここまでとは。
 母の表情も、読み進めていくうちにどんどん険しくなった。
 私としては、半年は生きていられるだろうと思っていたがそれすらも楽観であったことが、大きなショックだった。
 資料を見れば、病気の進行速度が人によって大きく違うことは一目瞭然だ。そして、それゆえに、自分の寿命を予測することは今の段階では不可能である。
 もしかしたら、一週間もしないうちに…
 そう考えると、恐ろしくなった。
 死とはやはり、近づいてみないと恐ろしさに気付け無いようだ。
 先生は母の表情を窺いながら、いろんなことを言った。
 私は、資料にくぎ付けだったのでほとんど聞いていなかった。
 母に手を強く握られ、ハッと先生のほうを向いた。どういう話の流れだったのか全く理解できていないうちに、先生は苦しそうな表情で口を開いた。
 「何度も申し上げますが、硝子病は前例の少ない、大変稀な病気です。こちらも必死で研究を進めていますが、分からない事ばかりなのです。ですから、もし、もしですよ、本人の同意があるのならば、この病気の研究に協力していただけると、こちらとしては大変嬉しく思うのですが…」
 なるほど、先生はこのことを母に説明していたのか、と納得する。
 「私は…はい。協力したいです」私は首を縦に振りながら言った。
 母も、黙って頷いた。
 先生は私と母の表情を交互に見つめると、ふっと表情を明るくした。
 「本当にありがとうございます」先生は深々と頭を下げた。
 私はどう反応していいか分からず、とりあえず頭を横に振った。
 その後、先生は何度も、「ありがとうございます」とつぶやいていた。
 「研究に協力してもらうにあたって、いくつか注意事項と、確認事項があります。いえ、そんなに難しいことではありませんよ。念のための確認ってやつですから」
 先生は砕けた喋り方をした。
 母は相変わらず、不安そうな表情をしていたが、私はずっと気が軽くなっていた。
 先生が言った注意事項は、個人情報の取り扱いとか賠償責任の有無とかで、母は真剣に聞いていたが、私にはよく分からなかった。