そう考えるなら、私は治療に専念する道を選ぶだろう。そして、少しでも長い時間を親と過ごすのだ。
今の自分にできる、最高の親孝行はそれだけだ。
だが、それは自分の意思とはかけ離れたことであった。母の「自分の意思で」と言う言葉を、その優しさを無下にするような気もした。
「自分の意思で」
息を吸う。
「私は、長生きしたいとは、思わない、かなあ」
母の顔は見れなかった。
何を言われるか、怖くて仕方がなかった。
言葉を発するのに、こんなにも緊張したのは初めてだった。
「そう」
母はいつもの声でそう言った。
「○○ちゃんがそう思うなら…」
母の声はいたって穏やかだった。
だが、見えてしまったその気の毒そうな表情に、罪悪感を覚えずにはいられなかった。
母の言うとおり、十時くらいに先生が部屋のドアをノックした。
母が椅子を出し、先生は礼を言ってそれに座る。
先生は話を切り出すタイミングをうかがいながら、雑談に花を咲かせた。
「今年は桜が早いですね」とか「近くに、おいしい団子屋さんがあるんですよ」とか。
私は、その団子屋さんが気になったが、母はそうでなかったらしい。
会話だけ聞けば、それは心地よい春の日なのだが、得体のしれない緊張感を取り除くことは出来ていなかった。
取り繕ったような空間で、布団の下に隠した硝子の手が嫌にうずくようだった。
「それで、○○さんの病気についてですが」先生は何気ない風に装って、そう言った。
母の顔が硬くなる。
私は母の手を左手でそっと握った。
「まずは、本人の意思を確認しておきたいですね」先生は私の顔を見て言う。「治療に専念するか、そうでないか。どちらにせよ、僕たちは患者さんの意思を尊重します」
先生は真剣な顔だった。
母は私の顔をちらりと見て、頷いた。
「私は、治療に専念したいとは思いません」絞れるだけの勇気を絞って、私はそう言った。
「そう、ですか」先生は少しだけ、目を細めた。
そして、先生は私と母に一部ずつ、硝子病についての資料を渡した。
母は無言で資料を読み始めたので、私も資料に目を通した。
難しい言葉が多かったけれど、要約するとこうなる。
『一人目は、右足の小指から。約三か月。
二人目は、右足のひざから。約一か月半。
三人目は、左手の手首から。約五か月。
今の自分にできる、最高の親孝行はそれだけだ。
だが、それは自分の意思とはかけ離れたことであった。母の「自分の意思で」と言う言葉を、その優しさを無下にするような気もした。
「自分の意思で」
息を吸う。
「私は、長生きしたいとは、思わない、かなあ」
母の顔は見れなかった。
何を言われるか、怖くて仕方がなかった。
言葉を発するのに、こんなにも緊張したのは初めてだった。
「そう」
母はいつもの声でそう言った。
「○○ちゃんがそう思うなら…」
母の声はいたって穏やかだった。
だが、見えてしまったその気の毒そうな表情に、罪悪感を覚えずにはいられなかった。
母の言うとおり、十時くらいに先生が部屋のドアをノックした。
母が椅子を出し、先生は礼を言ってそれに座る。
先生は話を切り出すタイミングをうかがいながら、雑談に花を咲かせた。
「今年は桜が早いですね」とか「近くに、おいしい団子屋さんがあるんですよ」とか。
私は、その団子屋さんが気になったが、母はそうでなかったらしい。
会話だけ聞けば、それは心地よい春の日なのだが、得体のしれない緊張感を取り除くことは出来ていなかった。
取り繕ったような空間で、布団の下に隠した硝子の手が嫌にうずくようだった。
「それで、○○さんの病気についてですが」先生は何気ない風に装って、そう言った。
母の顔が硬くなる。
私は母の手を左手でそっと握った。
「まずは、本人の意思を確認しておきたいですね」先生は私の顔を見て言う。「治療に専念するか、そうでないか。どちらにせよ、僕たちは患者さんの意思を尊重します」
先生は真剣な顔だった。
母は私の顔をちらりと見て、頷いた。
「私は、治療に専念したいとは思いません」絞れるだけの勇気を絞って、私はそう言った。
「そう、ですか」先生は少しだけ、目を細めた。
そして、先生は私と母に一部ずつ、硝子病についての資料を渡した。
母は無言で資料を読み始めたので、私も資料に目を通した。
難しい言葉が多かったけれど、要約するとこうなる。
『一人目は、右足の小指から。約三か月。
二人目は、右足のひざから。約一か月半。
三人目は、左手の手首から。約五か月。