泣くばかりの母を気遣い、父は私に「幣殿で話そう」と言って、食卓を立った。
神社の総責任者・宮司の職に就く父は、もう出勤しなければいけない時間だ。
高校を卒業して、これからは正式に神社で働く私も、もちろん異論はない。


一緒に家を出て、社務所に立ち寄った。
境内の掃除は他の職員に任せ、父は巫女装束に着替えた私を従え、御社殿に赴いた。


うちの神社は、拝殿と幣殿、共に御社殿の中にある。
一般の参拝客は建物に入ることはなく、拝殿前でお参りをする。
拝殿の奥にある幣殿は、神様へのお供え物を捧げる場所で、神職しか入れない。
父が幣殿を指定したのは、話が長引いたとしても、参拝客の目につく恐れがないからだ。


私は父の後について幣殿に入った。
広い畳の間の真ん中で、父と向かい合って正座する。


親子であっても、紫に白紋様の袴と黒い狩衣を身に着けた父の前に出ると、身が引き締まる思いがする。
私が自然に畏まって畳に指を揃えると、父は幣殿の奥、固く閉ざされた扉の方を向いた。


御神体が祀られている本殿だ。
この扉が開くのは年に一度の例祭の時のみ。
宮司である父以外は、誰も入ることができない。


「水葵」


低い厳かな声で名を呼ばれ、私はゆっくり顔を上げた。