そしてついに手術当日がやってくる。
「いよいよだね」
「うん。私絶対生きて戻ってくるからね」
「うん、約束」
2人で指切りをして祈莉がベッドで運ばれる。
指がするんと解けた。
皆で見送った。
祈莉が手術室に入ってもまだ扉の前で立っていた。
皆で祈った。
どうか、成功しますように。
祈莉の笑顔をもう一度見れますように。
でもその願いも僕達の約束も果たされることはなかった。
祈莉は手術中、急な大出血に見舞われ
死んだ。
2日後、祈莉の葬式があげられた。
遺影の中で幸せそうに笑う祈莉をじっと、ボーッと見つめていた。
お線香をあげに列に並ぶ。
隣には清水が居た。
ひとしきり葬式が終わり皆が祈莉の家族へ挨拶へ行ったり慰めに行ったりしていた。
「梨久君こういう時泣かないタイプ? 」
それを後ろの方で見ていた僕に清水が問いかける。
「泣けないんだよ。悲しくて仕方ないはずなのに涙が出てこないんだ」
ふーんと興味無さそうな返事が返ってくる。
「私が祈莉ちゃんにあった日、私なんて言ったと思う? 」
「さぁね」
「貴女は梨久君が好き。梨久君もきっと貴女が好き。そして私も梨久君が好き。私の方祈莉ちゃんよりずっと前から梨久君が好きだったのに悔しい。好きな人に死なれたら梨久君が可哀想」
いつものように淡々と話す。
「最低だよね」
「最低だね」
僕も淡々と返す。
「あの時の私どうかしてたんだと思う。
ごめんなさい」
「うん。もういいよ済んだ事だから」
それにそれを僕に謝っても仕方ないじゃないか。
「梨久君、少しいいかしら」
祈莉のお母さんに声をかけられる。
清水は静かにその場を後にした。
「これ、祈莉が梨久君と海に行った日の後に撮ったみたいなんだけど、私に何かあったら渡して欲しいって頼まれて」
そう言われて差し出されたのは1枚のパッド
パッドを受け取ってあの場所へ向かう。
約束したあの場所へ。
潮風が気持ちいい。
あの日座った場所と同じ場所に座った。
動画の再生ボタンを押す。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
これちゃんと撮れてる?
撮れてたらちょっと外出てて!
恥ずかしいもん
えーっと。
梨久君へ!
これを見てるって事は私は死んじゃったのかな〜。なんて小説によくありそうな事を言ってみるけど本当に死んじゃったのかな。
死んじゃってるなら普段言えないことも言っちゃおっかな〜。
まず、最初に梨久君に会ったのは梨久君が死ぬ直前だったよね。
まさか人が死のうとしてるところに居合わせるなんて思っても見なかったよね。
梨久君は凄くいい声してた。
声からあぁ、この人絶対いい人だってわかる声。
それに私と同じ場所で人生を終わらせようとしてた人を私が救いたかったの。
でもまさかほんとに次の日病室に来てくれるとは思わなかったよ。
びっくりびっくり。
あれから沢山の事をしたよね。
梨久君は頭がいいから飲み込みも早くてどんどん点字を覚えていくから私まで頭良くなった気分だったよ。
梨久君の景色を伝える才能は皆無だったけどね!
でもそれも私のために沢山勉強してくれて
海に連れていってくれた日、眼が見えるようになったんじゃないかってくらい景色が鮮明に見えたよ。
嬉しかった。
本当は手術受けたくない。
失敗して数日後に死んでしまうくらいならもう少し長く梨久君と一緒に居たかった。
でも私は決めたから。
梨久君の顔、見てみたいな〜。
好きな人の顔見ずに死ぬなんて幽霊になって出てきちゃうよ。
好きな人って言っちゃった!
菜々ちゃんが来てくれた日、「好きな人に死なれたら可哀想」って言われてその通りだなって思ったしあぁ私って梨久君の事好きなんだなってその時確信? 自覚? した。
でも自分で自分の気持ちを理解した途端怖くなった。
私が人を好きになるって凄い大きい罪な気がしてこれ以上梨久君を巻き込めないって思ったらあんなこと言ってた。ごめんなさい。
梨久君が戻ってきてくれた日は凄く、凄く嬉しかった。
ねぇ、梨久君。
私から1つお願いがあるの。
梨久君に生きて欲しい。
ずっとずっと生きて私に景色を教えて欲しい
私の好きな言葉、覚えてる?
死んでも私は梨久君の中で生きられたらいいな。
そう出来たら、梨久君が生きてくれたら私はずっと幸せだよ。
私に色を付けてくれてありがとう。
生きたいって思わせてくれてありがとう。
一緒にいてくれてありがとう。
大好き。
じゃあね、ばいばい
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
視界がぼやけて何も見えない。
気づいたらパッドを抱きしめて泣いていた。
母さんが死んでから1日も泣かなかった僕が泣いた。
祈莉との思い出が蘇って沢山溢れて
止められなかった。
僕も祈莉が好きだったよ。
僕のほうこそ、
ありがとう。
病院の屋上で街を見渡す。
「やぁ、梨久君。久しぶりだね」
後ろから聞きなれた声が聞こえる。
「嵐山先生、ご無沙汰しています」
「君も随分立派になったね。祈莉ちゃんの事があってからたった3年なのに。どうだい? 医大生は大変だろ」
「毎日が嵐のようですよ。僕は手術ができない分、沢山の知識を頭に入れて祈莉の病気を治す方法を見つけたくて」
「君ならきっとできるよ。頑張って。またいつでもおいでね。お父さんはどうかな」
「父とはあれからちゃんと話し合ってしばらく精神科に通って貰ったのですが去年、本格的に仕事に復帰しました。父は母が亡くなってからうつ病にかかってたみたいで」
「そっか。回復に向かってるんだね。良かった。おっと、時間は大丈夫かい? そろそろ戻らないといけないだろ」
腕時計を見る。
次の講義まであと20分をきっていた。
「あっまずい。それでは先生。失礼します」
そう頭を下げて走り出した時
''頑張ってね''
そう背中を押されたような気がした。
祈莉、いつか僕に言った君の1番好きな言葉。
君はいつでも僕の中で生き続けてるよ。
待っててね。必ず僕が祈莉と同じように苦しんでる子を助けるから。
それまで待っててね。
祈莉のお母さんに貰った紙切れを開く。
祈莉の大好きな言葉。
僕の大切な言葉。
『⠄⠕⠳⠥⠳⠴⠐⠕⠁⠞⠐⠟⠾⠃⠣⠝⠐⠝⠫⠕⠃』
「私は死んだ後でも生き続けたい」