ドアをノックする。
 「はーい」
 元気な返事が聞こえた。
 「久しぶり。梨久だよ」
 「梨久君! 久しぶり! 元気にしてた? 」
 「うん。身体、大丈夫? 」
 「平気平気」
 祈莉の視線の先に椅子を持って行って座る。
 「今日はね梨久君に新たな問題を出します」
 そういって手探りで本棚の本をスーッと辿り
 1冊明らかに飛び出してる本を手にとった。
 「何? これ」
 「写真集だよ」
 ページをめくると点字どころか字は1文字もなくただただ風景の写真が載っていた。
 「これを私に伝えて」
 1枚の写真を指さされる。
 「伝えるってどうやって? 」
 「そりゃ言葉で。私がこの写真を頭で想像できる感じでよろしく」
 来てそうそう難しすぎるだろ。
 写真を眺めるも良い伝え方なんて全く思いつかない。
 「え、うーん。空がオレンジで...海が、ほんとは青なんだけどこの写真だと空が反射して...オレンジ? これ何色だよ」
 祈莉が腹を抱えて爆笑していた。
 「待って待って、なんにもわかんないんだけど」
 「いやこれ難しすぎるから」
 「はぁー笑った〜。私にこれが伝わるくらい上手になってね」
 うわ〜意地悪そうな顔して笑うな〜
 「この2週間、梨久君は何してたの? 」
 急に話が変わった。
 「祈莉の為に何が出来るのか考えてたよ」
 さっきまで嫌な顔して笑ってたのに急にちょっとビックリしたような顔をして少し視線を外してまたニッと笑ってきた。
 僕は椅子をズラす。
 「答えはでたの? 」
 「いや、さっぱり」
 「じゃあ私が考えてあげる」
 少し沈黙が続く
 斜め上を見上げて瞬きを2、3回。
 少し目線だけ下げてまた目線を上に戻す。
 真剣に考えてるんだなと言うことがすぐにわかった。

 「ずっとそばにいてよ」
 「へ? 」
 間抜けな声が出た
 「ずっとそばにいて私の世界に色を付けて」
 真っ直ぐな眼でそう言われた。
 僕が祈莉の世界に色を付ける。
 簡単に言うけどとても難しい事だった。
 でも祈莉の世界に色をつけてやりたかった。
 「わかった」
 フフフと祈莉は嬉しそうに笑った。
 次は頬杖をついて
 「お母さんから聞いたけど梨久君、私の昔の話きいたんでしょ? 」
 「うん。聞いたよ」
 「じゃあさ梨久君の昔の話を聞かせてよ」
 「僕の昔の話? 」
 「そう。どんな子供だったとかそういうの」
 僕の昔の話か...。
 僕はどんな子供だっただろうか。
 「僕は普通の子供だったよ。そんな祈莉みたいに主役とかいう柄じゃなかったけどそれなりに友達はいたし頭もそんなに悪くない。極々一般的な人間だったんだ」
 一呼吸おく。祈莉は黙って聞いていた。
 「でも中学3年生の時に交通事故に巻き込まれて母さんと左腕を亡くしてそこから僕も父さんも抜け殻みたいになっちゃったんだ。今まで普通に接してきた友達からの対応が変わったり腫れ物みたいに扱われるのが嫌で、母さんが死ぬまで優しかった父さんともよく喧嘩をするようになって、生きることに極端に疲れたんだ。死のうと思った。死んだら楽になれると思って。その時に祈莉に声をかけられたんだ。祈莉があそこにいなかったら僕は今頃あの世だったよ」

 話し終わってチラッと祈莉の方を見る。
 「ねぇ、梨久君? 」
 なに? と聞き返す。祈莉は窓の外を見ていた。
 「今、世界は何色? 」
 急な質問にビックリした。
 話の内容とはかけ離れていたし話の内容になにも触れられなかったから。
 「世界の色...。オレンジの夕焼け空だよ。ちょっと端っこピンクっぽいけど」
 さっきみたいに陳腐な説明だけど祈莉は馬鹿にしてこずにフフッと微笑えんで
 1枚の紙を渡してきた。
 そこには点字で1文だけ書かれていた。
 「これは...」
 「いい言葉でしょ? 私が1番好きな言葉。梨久君、生きててくれてありがとう」
 1つの恥じらいもなく言ってくる祈莉の眼から眼が離せなかった。
 するといつもみたいな弾んだような声に戻って
 「いつ死ぬか分からないのは私も梨久君も同じだよ。人間何があるか分からないからね。似た者同士一生懸命生きようよ」
 似たもの同士、か。
 確かに祈莉の言うことは間違っていない。
 僕だって今日の帰り道、車に轢かれて死ぬかもしれない。
 「まぁ、1つ違いがあるとすれば余命過ぎてる私は余命∞、君はいつ死ぬか分からないって事かな」
 「意味わかんないよ」
 祈莉の意味不明な冗談に2人でクスクス笑った。