仕事から帰ってきた母に、言った。
『麦、ほんとうはあのひとのことが嫌いなの』
母は、明日も休んじゃおっか、なんて言った。根本的解決にはならなくて、むしろ後退にちかい提案。それはわたしの思考には選択肢としてもあがらないことを知っていたからのことばだと思った。
次の日も休んだ。死ねばいいのに、と一瞬思って、ゆらちゃんのことを考えて、ゆらちゃんの代わりにおまえが、とまで思って、すぐに首を振った。ちがう。それはちがう。苦しくなった。また過呼吸を起こした。
たまに、一夜にしてすべてがなくなりそうなほど、なくしてしまいたくなるほど、狂う日がある。その日はそれだったんだと思う。
目を瞑る。息を吐く。吸う。噎せる。吐く。吸う。瞬きする。
最近、いままでどうやって過ごして来たのかまったくわからなくなってる。パニックになってるから? 勝手に引き剥がされたから? ちがう。そうじゃなくて、呼吸みたいに、あたりまえにあったものや──、ちがう。それもちがう気がする。
何かひとつの何もかもをまるごとわすれてしまっているような、そんな、感じが。
思い出せない。思い出すような何かがあったのか、それすらもわからない。ただ居心地がわるい。気持ちがわるい。何か、足りない。
どうして、とつぶやく。呼吸が引き攣れて、喉の中央を覆うようにして指先を這わせた。
「明日はちゃんと、行かなきゃ……」
しなきゃ、やらなきゃ、しちゃだめ、やっちゃだめ。おかしい。何か、おかしい。どっちかに固執してる。しないってしたんじゃなかった? なんでしないってした? わからない。
わかんないよ、とつぶやいて、視界の端で楡木アコの本がうつった。祈り。祈ることで救われるって、きっと、ほんとうなんだと思った。
何を祈っていいのか、わからなかった。
だからこうして、救われないのかもしれない。


