「……楡? なんで、答えてくれないの」
「おまえは、俺のことはわすれて生きていけよって感じだかんなあ」
「楡? ねえってば。……何、言って」
「全部俺のエゴで言ったんだわ。消すって決めててもどうしても言っとこうと思って。……じゃあな。ほんとに全部、全部、わすれちまえ」
「にれ、」
楡の右手が伸ばされた。5本の指の先が、額を中心として顔の輪郭にふれる。一瞬、角と羽が見えた。なんで。どうして。それが出たってことは、いま、楡は紛れもなく悪魔なの?
強く風が吹いて、桜の舞ったのが、手で覆われていない視界の端から見えた。
「じゃーな」
深く息を吐いた楡が、大きく息を吸う音。空を鳴らして吸い込む音。
「……いい感じに生きてけよ」
あまりにも唐突だった。何をされるのかわからなかった。それでもこの目を開けておけば、どうにかなると思っていた。楡の手の輪郭がぼやけ始めているのを見て、やっと慌てることになった。
「まってよ、ねえ、楡。一緒に生きていくんでしょ? 追放って、同じからだの──」
固まった。呼吸を見失ったくちびるが、震える。
『追放されたら、余命は楡として隣にいたときと同じになる。何千年も縮まる。……でも、いいんだ。俺、高良と同じ時空で生きてみたかった。同じからだの重さを、抱えてさ』
罪を告白するようだった。あのとき楡は、そうやって言ったんだ。
どうして、と、ことばがささやきにすらならずに消えた。隣で一緒に生きてくれるなんて、楡は、いちども。
楡、楡、と繰り返し呼ぶのに返事はない。
いつからか、からだが動かなくなっていた。伸びてきている楡の腕を外すこともできずに、ただできる限りに目をひらいている。


