あたしは、きみのことが好きだ。

 初めてそう感じたのは、高校二年生になった時のクラス替えで、きみと同じクラスになり、かつ隣の席がきみになった時からだ。あたしは、一目できみの不思議な魅力に取りつかれてしまった。

 きみは決して活発な方ではなかったし、女子からモテモテになるような見た目も、誰もがうらやむような頭脳も持ち合わせていなかった。
 それでも、あたしは自分の脳というより、もっと身体の中心に近い、深いところできみの存在を尊く感じたのだ。


 きみには、友達らしい友達は一握りしかいなかった。大学に進もうとしていたきみは、そのことについて特に寂しさを感じることもなかったみたいだけれど、どうだろう。本当は、もっとみんなと仲良くしたいと思っていたのだろうか。
 もっとも、きみの周りに誰もいなくなったとしても、あたしだけはきみのことをずっと追いかけていただろうけど。



***



 初めて、あたしができるだけ親し気に話しかけたとき、きみは少し面食らっていた。あまり女の子と話すのには慣れていなかったからなのだろう。
 でも、やっぱり隣同士の席に座る仲ともなれば、少しずつきみの心に張り巡らされていた鎖がほどけていくのを感じられた。きみが初めて、あたしに笑顔を見せてくれたとき、あたしはうまく言語化できない、達成感、爽快感、絶頂感、そのいずれか或いはすべてが混ざり合ったものを、やはり身体の奥で感じたのだった。


 授業中、黒板を汚していくチョークに目を走らせているときの眼差し。男の子とは思えないような白い肌と、いともたやすく折れてしまいそうな指をシャープペンにからめて、ルーズリーフにペン先を滑らせている姿。そっと手を頭にやりながら、ぽり、とかく仕草。あたしはきみの一挙手一投足に、注意深く目を光らせていた。


 あたしたちが通っていた田舎のばかな公立高校で、物静かでまじめなきみが学級委員を押し付けられるのはもはや既定路線といってもよかったけれど、おかげであたしはきみと同じ学級委員をやることができたから、好都合ともいえた。放課後もきみと肩を並べてミーティングに出たり、それに乗じて一緒に帰ることもできたからだ。

 きみの家の方が遠くて、帰り道の途中にあたしの家があることもラッキーだった。おかげで、そのうち、あたしときみはミーティングのない日でも一緒に帰るような、自然な流れをつくることができた。



***


 はじめて、きみがあたしの部屋にやってきたときのことを、あたしは今でも忘れることはない。あたしは気にしないからどうでもいいことだけれど、あまり女の子の部屋をきょろきょろと見回すものじゃない。
 いや、でも、それはやっぱり無理に直さなくてもいい。
 きみがあたし以外の女と仲良くするのなんて、あたしはどうにも耐えられそうにないから。


 きみが「恋人いない歴=年齢」ということを知ったとき、実際に行動に起こさないまでも、あたしは心の中でガッツポーズをとっていた。
 つまり、きみは女の子という存在についてまだ何も知らない、まっさらな存在。包装紙をやぶって取り出したばかりの、真っ白なコピー用紙。足跡一つない、きらきらと輝く雪原。グラスに注がれたばかりの白いミルク。まっしろなきみ。あたしは、そんなきみを如何様(いかよう)にもできる。


「なんでそんなに、僕みたいなやつにかまってくれるんだ」


 あたしの部屋で、きみはぽつりと、そんな言葉をこぼした。その言葉だけで、きみはあまり自分のことが好きじゃないのかもしれない……ということが想像できたし、それは事実だった。きみにこんな言葉は使いたくないけれど、あえて言うのなら、それは愚問だ。


 あたしは、きみのことが大好きだから。
 理由など、ほかに何もいらなかった。


 きみの真っ白な心を、あたしの色で汚したい。


 そう願ったあの日から、あたしの恋は、急速にその色を変えていった。