「それじゃ、二人ともよろしく」

「お気をつけて」

「いってらっしゃい」



出発前に茂さんが、



「何かあったらすぐに連絡して」



と私だけに言ってきたから、もしかしてまやくんはスマホを持っていないのだろうかと思ったけど、それを聞くのは何だか失礼な気がしたから「わかりました」とだけ言っておく。結局私は連絡係と虫退治係を担う。

茂さんの友達が訪れるのは明日からだから、ひとまず今日は私とまやくんの二人きりで過ごすことになる。

二人だけ……なんて考えると、胸が少しドキドキしてき……いやいや、そんなこと言っている場合ではない。

今のうちに宿題を済ませておかないと。

連休の宿題は計画を立てて毎日少しづつではなく、少しでも早めに終わらせて気持ちを楽にしておきたいところだ。

だから大抵連休の前半は前倒しの宿題祭で割と忙しいのだ。もちろん今回の夏休みもその作戦で行くつもり。

お客さんが来たら宿題どころではなくなるかもしれないから、とりあえず今日が勝負だ。

二階にいるとすぐエアコンに頼ってしまうから、電気代がかかるのも申し訳ない。



「ここで宿題をしても良い?」



囲炉裏を四方に囲む机は、横長で一度に教科書や参考書を広げられる。天井もやけに高いから、風通しも良さそうだ。



「どうぞ。僕は今から網を直すのを手伝いに行ってくる」

「網?」

「磯崎さん家の漁で使っている網」

「磯崎さんって、確か昨日の岩牡蠣をくれた人?」

「そうそう」

「私も行った方が良いかな。お礼を言いたいし」

「あー、今度で良いよ。しょっちゅう家にも来るし」



まやくんは「一時間ぐらいで戻る」と言ってから、玄関に無造作に脱ぎ散らかされているサンダルを裸足で器用に手繰り寄せながら履くと、すぐに行ってしまった。

行き際に「行ってきます」と言ってくれたような気がしたから、いなくなった玄関に向かって「行ってらっしゃい」と言っておいた。

廊下を歩くと、足のどこかの関節がポキッと音を立てる。いつもより自分の足音も大きく感じる。

宿題を持ってきてからも、いろんな音が入ってくることに気が付いた。

ノートと指が掠れる音。

シャーペンの芯が削れる音。

時々頭を掻く時の音。

誰もいなくなったこの家では、私がたくさんの音を生み出している。

そのせいか、いつもより私の輪郭がはっきり映し出されるような気がして、少しだけ居心地が悪くなった。

だから私は、数学の問題集切り抜きプリントをさっさと終わらせるために、耳にイヤホンをつっこんで、お気に入りの音の中に潜っていった。