はあだっりいな、そんなことをぼやいて小指で耳をほじる彼女は、白衣の天使とは名ばかりの、そうだ、なんというか、「やんきい」というやつだった。以前に聞いたことがある。あまりに口が悪く、態度もがさつで、私の部屋の担当になったと聞いた時も挨拶に定時で来たものの、その態度は到底誉められたものではなかった。
 それでも、師長が一目置いているらしい。この態度で、手技が出来る。彼女に何度か点滴や注射、入浴介助をしてもらったことがあるがそれは手早く、以前担当していたベテラン看護師の倍にも及ぶ素早さだった。体力があるのかもしれない。センスがある。手技や技能たるものは経験とともに培われるもので、全てが持って生まれたその者のセンスや向き不向きだと述べると、この社会の多くは罷り通らなくなるだろう。自分は、不器用な方だ。社会に出てから、五年もしてようやっと上司に何も言われなくなった。それでも未だにミスをする。そんな時、意外と周りも特別出来ているわけではないことに気がつく。

 社会の多くは、誤魔化しや、様子を窺ったり、鑑みたりしながら、絶妙なバランスを常に保とうとしている。


「まーたトリップしてるよ板持晴雄」
「さんはせめてつけようか、蓮実くん」
「で、実際のところどうっす?」
「はい?」
「ポテトフライ。ワンチャンあるっす?」
「わんちゃん…?」
「マックよりうまいすかね」
「え、あぁ、私はそうだね、塩気があって、こう、刺激的でいいと思うよ」

「ッスよねぇ。324円で1キロだったらこっちのがいーだろテイクアウトでシナポテになんのによあのクソ男ケツぶん殴ってやろうか」


 彼女が時としてこの先無事に生きていけるかどうかを心配に思う。
 前世で、彼女はひょっとすると、親を「やんきい」に殺されたのかもしれない。私は、そういう二次創作的な思想が、割と嫌いではなかった。


「ま、でも晴雄さんがうまいっつーんなら、自分の手作り確定で」


 彼女が振り向いて笑うので、それもそれでありなのではと思う。










 ◇

 最近、昔のことばかりよく思い浮かべている。

 旅をすればよかった。恋をすればよかった。もっとたくさんの目に見えたものを、大切に顧みればよかった。振り払った手であったり、間違いや、後悔ばかりが先立って、自分を雁字搦めにしていく。死ぬ間際、人は多くそう思考するらしい。後悔先に立たずとはよく言ったものだ。それでも、人間は後悔する。間違える。こうすればよかったと、過ぎてから自分の過去を振り返る。

 何もない人間など、いない。そこに浮かぶのはいつも、もう消えてしまったお嬢さんと、作郎、或いは手から取りこぼした女房の皺くちゃの手だ。