なんてそんなうまい話があるはずもないのだ現実に。

 目を開いた先でやはり世界は不鮮明で、視野は狭く、濁っていて、薄暗かった。かろうじて開けた視界の先、ベッドに横たえる虹島くんの目がどこか遠くを映して動かないでいたから、そこに視線を合わせると気付いた彼が少し笑った。


「…大丈夫。ただの賢者モードです」

「…あなたを心配してないし、私は何一つ変わってない。これじゃ襲われ損よ」

「みたいですねおかしいなぁ。大体事後、みんな元気爆発なんですよ? 呪いを解くのは両極端なのかもしれません。…身体が重い。今初めて40になれた気がします」


 これが40の体か、とかなんとかベッドで横たえている虹島くんの体はそれでも何一つ変わらないで、二十年前のあの頃のままだった。サンバイザーを被ってタオルを首に引っ提げて、ベンチで夏バテに身を投じていた私に声をかけてきた、あれが最初で最後だった。

 浅葱色の瞳が印象的で、微笑んで揶揄われていたのかと思っていた。女子に囲まれている旦那の姿を遠目に見ながら、きっと彼はこの瞬間しかないと思ってあの日、声をかけてきたのだろう。


「…信じてもらえないかもしれないけれど、確かにジンクスは本当です。どうでもいい女性たちに限っては救うことが出来ました。彼女たちが俺に救いを乞うているのを黙って見過ごせなかったんです。ただ、ずっと虚しかった。効果は絶大なものでした、余命間もない女の子が翌日自立して生活を送り出したと聞いた時は本当に怖気ましたね、というか病院でするだけで後ろめたさといつ見つかるかわからない恐怖で壊れそうだったんですが」

「…」

「夢を見たんです」

「夢」

「ええ。ある日にね。20になってすぐの頃。白い空間に亀の死骸が。遠くに鶴も、死んでいました。声が聞こえました。救えと。神様かもしれません。それに、抗った。この二つの瀕死の動物の先に人が見えた。俺は死にかけの二人よりそっちに気を取られていたんです」

「…」

「その日から意味のわからない力が芽生えるようになりました。歳も取れなくなった。いや、実質取っている。ただ見た目が変わらない。初めはよかった、でもずっと同じ場所では生きられない。人の目に触れると怪しまれますからね。だから海外でしばらく身を置いていたんですが、ここ最近また白い空間の夢を見た。亀と、鶴の死骸はもうありませんでした。代わりにあの日視界の先で俺が追いかけた人の姿があった」