不意に今日一日のことに思いを馳せていると、祖父母の家に着いた。
外装は10年前と然程変わってはいなかった。しかし、木の痛み様から10年という月日の長さを思い知らされる。
……10年も経ったんだもんな。
すぅぅぅーーはぁぁぁ
すぅぅぅーーはぁぁぁ
覚悟はしたはずだ。
実の祖父母とはいえどもう10年も会っていないのだ。
そんな孫に突然来られたって迷惑だと思うに決まっている。
もし、追い出されたとしたって砂の上で寝てやるって。
もし、追い出されたとしたってあの家には絶対に帰らないって。
そう、覚悟した。
だからーー
すぅぅぅーーはぁぁぁ
すぅぅぅーーはぁぁぁ
インターホンを押そうとしている掌がじわりと汗ばむ。その汗は暑さからなのか、緊張からなのか分からなかった。
すぅぅぅーーはぁぁぁ
すぅぅぅーーはぁぁぁ
もう何度目かも分からない同じ動作を繰り返す。
ーーよし。
僕は勇気を出してインターホンのボタンをそっと押した。
…ピンポーン……
祖母が玄関の扉を開けるまでの数秒間が、僕には1時間経ったような、5時間経ったような、そのように長く長く感じた。
はあい、と老いた女性と思われる少し掠れた声で返事をするのが聞こえたと同時に木製の玄関の扉が、がらがらと開かれた。
現れたのは、老いた女性ではなく、僕の祖母だった。
「………………」
「………………」
気まずい。何か喋らないと、と思った僕の口は勝手に動いていた。
「こ、こんばんは…。あの、久しぶり……。僕は、葵響也です。」
絶句する祖母。
そりゃそうだ。10年も会っていない孫が急に現れたら驚くに決まっている。
それほど、時間の流れとは恐ろしいものだ。
僕が一番理解していることのひとつ。
「………あお…い、きょ……う、や?」
「ああ、うん。そうです。」
「え、えあ、あの"きょうちゃん"?」
「…うん。」
「本当に?本当に……、本当にきょうちゃん?」
「うん。」
何度も聞いてくる祖母の姿が何故か微笑まくて思わずふっと笑みを浮かべてしまう。
「ど、どうして此処……に?」
本当のことを言うと厄介になるので、大雑把な言葉で伝えてみる。
「ちょっと……喧嘩をして…ね。他に行くところが無くって。」
あはは、とらしくもない苦笑いを浮かべる。
喧嘩をしたのは紛れもなく事実だ。
まあ、"喧嘩"と呼べるほどの生やさしいものでは無いのだけれど。
「やっぱり……、あの家に行かせるんじゃなかった。」
そんな祖母の呟きが僕の耳にまで届くことは無かった。
すぅぅぅーーはぁぁぁ
勇気を出して、本題に入る。
「それでね、おばあちゃん。夏休みの間此処に居座らせて貰ってもいいかな……?」
目を白黒させる祖母。
「あの、ほんの少しでもいいんだ。一週間だけ……今晩だけでも。だから、だから…。どうかお願いします。」
深く、深く、頭を下げた。
果たして僕は受け入れて貰えるのか。
恐怖と緊張で身体が震える。
必要とされなくなるのは誰だって怖いものだ。
「きょうちゃん。」
「ーー勿論、いいに決まってるよ。」
そう言って沢山の皺が刻まれた顔をくしゃくしゃっとさせて笑った。
「え、いい…の?僕、此処にいてもいいの?」
「うん、うん。あのお家で何があったのかは、おばあちゃん、分からないけれど。此処ではきょうちゃん大歓迎よ。」
思ってもみなかった言葉だ。ましてや、"大歓迎"だなんて。
そんなふうに、温かく迎えてくれたのはいつぶりだそうか。
「お父さんにも報告しなきゃね。 お父さあんーきょうちゃんよ、きょうちゃん。きょうちゃんが来てるぅ」
ドタドタと床の上を走ってくる声が聞こえた。
「んあ?きょうちゃんってあの響也か?」
「……うん」
祖母に代わって僕が返事をしてみた。
すると、祖父は本当に僕が来ているとは思っていなかったらしく、僕の瞳を見つめたまま硬直してしまった。
「響也……なのか?」
恐る恐る問う。
「うん。」
「本当に?本当に……、本当に響也なのか?」
その言い方が祖母とまったく同じなのがなんだか面白くて、僕はとうとう声を上げて笑ってしまった。
何がおかしいんだ、とか響也が遂におかしくなってしまったのか、と祖父が祖母に囁いている様子がまた面白く、大きな声で笑う。
こんなに笑ったのはいつぶりだろうか。
「おじいちゃんってば、おばあちゃんと同じことを聞いてくるんだもん。それがおかしっくて。」
僕のそんな様子に、祖父母もまた、笑った。
3人揃って沢山笑った。
楽しいと感じた。
幸せだと感じた。
何気ないことが、こんなにも。
僕の細められた目から一筋の涙が流れたことは、祖父母に気づかれることはなかった。
外装は10年前と然程変わってはいなかった。しかし、木の痛み様から10年という月日の長さを思い知らされる。
……10年も経ったんだもんな。
すぅぅぅーーはぁぁぁ
すぅぅぅーーはぁぁぁ
覚悟はしたはずだ。
実の祖父母とはいえどもう10年も会っていないのだ。
そんな孫に突然来られたって迷惑だと思うに決まっている。
もし、追い出されたとしたって砂の上で寝てやるって。
もし、追い出されたとしたってあの家には絶対に帰らないって。
そう、覚悟した。
だからーー
すぅぅぅーーはぁぁぁ
すぅぅぅーーはぁぁぁ
インターホンを押そうとしている掌がじわりと汗ばむ。その汗は暑さからなのか、緊張からなのか分からなかった。
すぅぅぅーーはぁぁぁ
すぅぅぅーーはぁぁぁ
もう何度目かも分からない同じ動作を繰り返す。
ーーよし。
僕は勇気を出してインターホンのボタンをそっと押した。
…ピンポーン……
祖母が玄関の扉を開けるまでの数秒間が、僕には1時間経ったような、5時間経ったような、そのように長く長く感じた。
はあい、と老いた女性と思われる少し掠れた声で返事をするのが聞こえたと同時に木製の玄関の扉が、がらがらと開かれた。
現れたのは、老いた女性ではなく、僕の祖母だった。
「………………」
「………………」
気まずい。何か喋らないと、と思った僕の口は勝手に動いていた。
「こ、こんばんは…。あの、久しぶり……。僕は、葵響也です。」
絶句する祖母。
そりゃそうだ。10年も会っていない孫が急に現れたら驚くに決まっている。
それほど、時間の流れとは恐ろしいものだ。
僕が一番理解していることのひとつ。
「………あお…い、きょ……う、や?」
「ああ、うん。そうです。」
「え、えあ、あの"きょうちゃん"?」
「…うん。」
「本当に?本当に……、本当にきょうちゃん?」
「うん。」
何度も聞いてくる祖母の姿が何故か微笑まくて思わずふっと笑みを浮かべてしまう。
「ど、どうして此処……に?」
本当のことを言うと厄介になるので、大雑把な言葉で伝えてみる。
「ちょっと……喧嘩をして…ね。他に行くところが無くって。」
あはは、とらしくもない苦笑いを浮かべる。
喧嘩をしたのは紛れもなく事実だ。
まあ、"喧嘩"と呼べるほどの生やさしいものでは無いのだけれど。
「やっぱり……、あの家に行かせるんじゃなかった。」
そんな祖母の呟きが僕の耳にまで届くことは無かった。
すぅぅぅーーはぁぁぁ
勇気を出して、本題に入る。
「それでね、おばあちゃん。夏休みの間此処に居座らせて貰ってもいいかな……?」
目を白黒させる祖母。
「あの、ほんの少しでもいいんだ。一週間だけ……今晩だけでも。だから、だから…。どうかお願いします。」
深く、深く、頭を下げた。
果たして僕は受け入れて貰えるのか。
恐怖と緊張で身体が震える。
必要とされなくなるのは誰だって怖いものだ。
「きょうちゃん。」
「ーー勿論、いいに決まってるよ。」
そう言って沢山の皺が刻まれた顔をくしゃくしゃっとさせて笑った。
「え、いい…の?僕、此処にいてもいいの?」
「うん、うん。あのお家で何があったのかは、おばあちゃん、分からないけれど。此処ではきょうちゃん大歓迎よ。」
思ってもみなかった言葉だ。ましてや、"大歓迎"だなんて。
そんなふうに、温かく迎えてくれたのはいつぶりだそうか。
「お父さんにも報告しなきゃね。 お父さあんーきょうちゃんよ、きょうちゃん。きょうちゃんが来てるぅ」
ドタドタと床の上を走ってくる声が聞こえた。
「んあ?きょうちゃんってあの響也か?」
「……うん」
祖母に代わって僕が返事をしてみた。
すると、祖父は本当に僕が来ているとは思っていなかったらしく、僕の瞳を見つめたまま硬直してしまった。
「響也……なのか?」
恐る恐る問う。
「うん。」
「本当に?本当に……、本当に響也なのか?」
その言い方が祖母とまったく同じなのがなんだか面白くて、僕はとうとう声を上げて笑ってしまった。
何がおかしいんだ、とか響也が遂におかしくなってしまったのか、と祖父が祖母に囁いている様子がまた面白く、大きな声で笑う。
こんなに笑ったのはいつぶりだろうか。
「おじいちゃんってば、おばあちゃんと同じことを聞いてくるんだもん。それがおかしっくて。」
僕のそんな様子に、祖父母もまた、笑った。
3人揃って沢山笑った。
楽しいと感じた。
幸せだと感じた。
何気ないことが、こんなにも。
僕の細められた目から一筋の涙が流れたことは、祖父母に気づかれることはなかった。