一年間という期間を、最初は長いと思っていた。しかし自分が思っているよりも時間の流れというのは早く、気がつくと綺麗だった桜の花はすっかり新緑のそれに変わっていたし、さらに言えば半袖一枚で終日汗だくになっていたはずが、近頃は上着がないと寒いと感じるほどになっていた。

ゼロという異質なものが生活に入り込んだ時、佐藤家はかなり困惑していた。
父はあらたな家族をどう扱っていいか計りかねているようだったし、母は必要以上に僕を気にした。いい意味でも悪い意味でも、とにかく過干渉気味だったように思う。
結局のところ、おそらく僕が一番早くゼロという存在に適応していたんじゃないだろうか。子供時代の適応力の高さはやはり大人の比ではないのだろう。
最初こそ『何をするにも教えなければならない』という状況に僕はかなりのストレスを感じていた。
ただ、ゼロは飲み込みが早かった。
勉強にしろ、言葉にしろ、遊びにしろ、なんでもすぐに吸収して、それを発展させた。
次第に僕は何かを教えることを楽しいと思うようになった。次は一緒にどんなことをしようと考えるとワクワクした。
そうして僕らが一緒に過ごす時間は日を追うごとに増えていき、夏が始まる頃には一緒の部屋で寝起きをしていたので、本当に文字通り寝食を共にする仲になっていた。

ある朝のことだった。
「ゼロが家に来てもう半年か」
新聞を広げたまま、父がしみじみと言った。
朝のコーヒーがアイスからホットに切り替わり、僕の背丈もちょっぴり伸びた。父が半年という具体的な期間を口にしたことで、僕は急に時間というものを意識するようになった。
半年が過ぎたということは、僕たちに残された時間はあともう半分しかないということだ。
気付かなかったわけではなかった。
でも、どこかで気付かないふりをしていた。
不思議なことに、ゼロと一緒に過ごす時間を憂鬱なものと捉えていた時はしきりに期限のことに意識を向けていた。時の流れはおそく、早く期限が来ればいいのにとすら思っていた。
しかしひとたびゼロのことを好きになると、今度は期限という問題から目を背けるようになった。
問題から目を背けることで、永久にその問題を遠ざけることができるような、そんな気がしていた。
でも、もちろんそんなはずはない。
僕はその頃になってようやく、この計画のもつ意味を理解し始めていたのかもしれない。
「大輔、元気ない?」
ゼロは僕の顔を覗き込むようにして訊いた。
最初の頃からは想像もできないほど、ゼロはすっかり人間らしくなっていた。
「ううん、そんなことないよ。今日はなにして遊ぼっか?」
ゼロは楽しそうに「どうしようねぇ」と返した。

その頃から、僕の中ではある気持ちがむくむくと大きくなり始めていた。
運命を変えたい。
ゼロという存在がいなくなってしまう、そんな未来を変えてしまいたい。
だけど、子供である自分に一体なにができるというのだろう。
相手は国であり、大人たちなのだ。
そう思うと途端に僕は弱気になってしまった。
どうすることもできやしない、でもどうにかできるならどうにかしたい、そうやってうじうじと僕は自身の気持ちのせめぎ合いを感じ、思い悩んでいた。