ヒトロイド計画、それは子供の心の成長を促すための一大国家プロジェクトなのだとその人は言った。
昨今の子供達はデジタルネイティブ世代と呼ばれ、生まれた頃からタブレット端末やオンラインゲームといった世界がごく身近なところにある生活をおくっている。そこで当時懸念されていたのが共感力、特に『いのち』に対する認識の希薄さだった。
ヒトロイド計画ではそんなデジタルネイティブ世代の子供に対し、一台のアンドロイドを与えて共同生活を送らせる。
小学校6年生という『まだ拙いものの、自我の形成が成される』ちょうどその時期に、一年間という期限つきで自分だけのアンドロイドが貸与されるのだ。
子供たちはバディであるアンドロイドと共に遊んだり勉強したりしながら他者と触れ合うことを学ぶ。その間アンドロイドが得た学習データは自動的に管理センターに送られて保存される。
そして一年が終わる頃、子供達には自分の手でバディであったアンドロイドの停止・初期化ボタンを押してもらう。
停止ボタンを押してしまえば、そのアンドロイドの個体からこの1年間の全ての記憶-もとい記録-は消えてしまい、もう二度とそれまでと同じように接することは出来なくなる。ゲームと違って、一度ボタンを押してしまえばやり直しは効かない。
そういうルールを理解させた上で、自分の手で停止ボタンを押させる。そうすることで責任感をより強く持たせることができ、いのちとは何かを自身で考えるようになる。
おじさんは、大体そんな感じの話をしていた。分かるような分からないような難しい話ではあったけれど、本音を言うと、僕にはいまいち実感がなかった。
ロボットの停止ボタンを押すことなんて、大したことには思えなかったからだ。
僕はそれほど重要なこととしてこの話を捉えていなかった。だから「へえ」とか「ふうん」とかそんな空返事ばかりして、かえって真面目に説明していたおじさんを困らせてしまうほどだった。
おじさんはひとしきり話を終えると早々に出て行った。
母はおじさんを玄関まで見送り、リビングにそろりと入ってきた。どこか様子を伺うような素振りをしていた。
「大輔、もしも嫌ならこの計画への参加、断ってもいいのよ?」
僕は母がなぜそんなことを言うのかよく分からなかった。
「なんで?だってそんなことしたらゼロは持ってかれちゃうんでしょ?」
「ゼロ?」
「あのアンドロイドの名前。今朝ミカちゃんとつけたの。そんなことはどうでもいいんだよ。それより、断ったら一年経たずに持ってかれちゃうんでしょ?あのおじさん達に」
僕にとってはゼロがいなくなるということよりも、今朝の人気者状態が終わってしまうことの方がよっぽど一大事であった。
そうとは知らない母は、僕が早くもゼロに心を寄せているのだと思っていたらしく、頬に手を当てて物憂げにため息をつきはじめた。
「それはそうだけど…。でもどちみち一年後にはそのゼロを自分の手で止めなきゃいけないのよ?それってすごく悲しくて辛いことじゃない?」
「なんで?」
僕は思わず肩をすくめた。
全然大したことない、そう思っていたから。
しかし母はますます複雑そうな顔になってしまった。
ただ言うべき言葉自体は母自身も持ち合わせていなかったようで、僕と母の間にはしばしの沈黙が流れた。
その静けさが僕にはなんだか居た堪れないような気がして、僕はその場から逃れるように少し外を散歩しようと思った。
家を出ようと思ったら玄関のところにずっとゼロが突っ立っていたことに気付いた。
僕はゼロを連れて行こうか迷ったけれど、なんとなく嫌な気持ちになってやめた。
「リビングにおかあさんがいるから、おかあさんのところに行って」
ゼロはわかったと頷いて、リビングの扉の向こうに消えた。
そうして僕はミカちゃんと僕の二人だけしか知らない、とっておきの秘密の場所に向かうことにした。
昨今の子供達はデジタルネイティブ世代と呼ばれ、生まれた頃からタブレット端末やオンラインゲームといった世界がごく身近なところにある生活をおくっている。そこで当時懸念されていたのが共感力、特に『いのち』に対する認識の希薄さだった。
ヒトロイド計画ではそんなデジタルネイティブ世代の子供に対し、一台のアンドロイドを与えて共同生活を送らせる。
小学校6年生という『まだ拙いものの、自我の形成が成される』ちょうどその時期に、一年間という期限つきで自分だけのアンドロイドが貸与されるのだ。
子供たちはバディであるアンドロイドと共に遊んだり勉強したりしながら他者と触れ合うことを学ぶ。その間アンドロイドが得た学習データは自動的に管理センターに送られて保存される。
そして一年が終わる頃、子供達には自分の手でバディであったアンドロイドの停止・初期化ボタンを押してもらう。
停止ボタンを押してしまえば、そのアンドロイドの個体からこの1年間の全ての記憶-もとい記録-は消えてしまい、もう二度とそれまでと同じように接することは出来なくなる。ゲームと違って、一度ボタンを押してしまえばやり直しは効かない。
そういうルールを理解させた上で、自分の手で停止ボタンを押させる。そうすることで責任感をより強く持たせることができ、いのちとは何かを自身で考えるようになる。
おじさんは、大体そんな感じの話をしていた。分かるような分からないような難しい話ではあったけれど、本音を言うと、僕にはいまいち実感がなかった。
ロボットの停止ボタンを押すことなんて、大したことには思えなかったからだ。
僕はそれほど重要なこととしてこの話を捉えていなかった。だから「へえ」とか「ふうん」とかそんな空返事ばかりして、かえって真面目に説明していたおじさんを困らせてしまうほどだった。
おじさんはひとしきり話を終えると早々に出て行った。
母はおじさんを玄関まで見送り、リビングにそろりと入ってきた。どこか様子を伺うような素振りをしていた。
「大輔、もしも嫌ならこの計画への参加、断ってもいいのよ?」
僕は母がなぜそんなことを言うのかよく分からなかった。
「なんで?だってそんなことしたらゼロは持ってかれちゃうんでしょ?」
「ゼロ?」
「あのアンドロイドの名前。今朝ミカちゃんとつけたの。そんなことはどうでもいいんだよ。それより、断ったら一年経たずに持ってかれちゃうんでしょ?あのおじさん達に」
僕にとってはゼロがいなくなるということよりも、今朝の人気者状態が終わってしまうことの方がよっぽど一大事であった。
そうとは知らない母は、僕が早くもゼロに心を寄せているのだと思っていたらしく、頬に手を当てて物憂げにため息をつきはじめた。
「それはそうだけど…。でもどちみち一年後にはそのゼロを自分の手で止めなきゃいけないのよ?それってすごく悲しくて辛いことじゃない?」
「なんで?」
僕は思わず肩をすくめた。
全然大したことない、そう思っていたから。
しかし母はますます複雑そうな顔になってしまった。
ただ言うべき言葉自体は母自身も持ち合わせていなかったようで、僕と母の間にはしばしの沈黙が流れた。
その静けさが僕にはなんだか居た堪れないような気がして、僕はその場から逃れるように少し外を散歩しようと思った。
家を出ようと思ったら玄関のところにずっとゼロが突っ立っていたことに気付いた。
僕はゼロを連れて行こうか迷ったけれど、なんとなく嫌な気持ちになってやめた。
「リビングにおかあさんがいるから、おかあさんのところに行って」
ゼロはわかったと頷いて、リビングの扉の向こうに消えた。
そうして僕はミカちゃんと僕の二人だけしか知らない、とっておきの秘密の場所に向かうことにした。