はじまりはそう、僕がちょうど小学校6年生になった春のことだ。
僕の家はサラリーマンの父とパート勤務の母、それに僕の三人家族だった。どこにでもある絵に描いたように平凡な家族。
おまけに苗字は佐藤で、僕の名前は大輔(だいすけ)だ。
自分で言うのもなんだが、僕は生粋の凡庸少年だったと言える。
そんな非日常に憧れるどこにでもいるような平凡な少年に、お望み通りの非日常が訪れたのは、とある月曜日の朝のことだった。

僕と父が食卓でテレビを見ながらトーストをかじっていた時、玄関のインターフォンが鳴った。マッキーの美味いもん巡りのコーナーが流れていたから多分時刻は7時40分くらいだったと思う。
「平日の忙しい朝に、まったく礼儀知らずだわ」とぶつくさ文句を言いながら、母が慌ただしく玄関に向かうのを他人事のように僕は見ていた。
しばらくして、あんなに憤りをみせていた母が今度はとても困惑したように戻ってきた。
「おかあさん、その子誰?」
母は知らない男の子と共に戻ってきたのだ。
男の子は僕と同じくらいの歳のように見えた。なんとも無表情で、それゆえに母の困惑の色がより濃く映ったのかもしれない。
「ねえあなた、小倉さんから何か聞いている?」
小倉さんというのは父の学生時代からの後輩だ。時折我が家を訪ねては美味しい手土産を置いていってくれるので僕は小倉のおじさんが大好きだった。
「小倉君?今の来客は小倉君だったのか?」
「いえ、そうじゃなくて…。ほら、最近ニュースでよく取り沙汰されてた話があったでしょう?子供とアンドロイドを一緒に生活させるヒトロイド計画ってやつ?小倉さんの紹介で、うちがその被験者家庭の一つに選ばれたとかで…」
母はそこまで言うと男の子の肩に手を置いて、判断を仰ぐように父を見た。
小倉さんは機械技術の開発に携わる仕事をしていた。アンドロイドとかAIとかそういう類の技術研究員だ。当時の僕にはさっぱり分からない仕事だったが、難しくて立派な仕事をしているかっこいい大人だと思っていた。
だから母の言葉の全てを理解したわけではなかったものの、当時憧れでもあった小倉さんから特別な何かに選ばれたという事実は、幼い僕にとってとても誇らしく、嬉しいものであった。
しかも話の流れからして、今目の前にいる男の子はどうやら人間ではなくロボットらしい。そうと知った僕は大層驚き興奮した。
「なになに?これロボットなの?すごい!本当に人間みたいだ!ねえ、なんかそれっぽいことできたりするの?ビームとかさ、ロケットパンチとかさ、そういうやつ出せたりすんの?」
食卓に身を乗り出す僕を呆れたように制したのは父で、これまた呆れたように諭したのは母だった。
「あのね大輔、この子はアンドロイド。たしかに人間ではないけど、とても人間そっくりのロボットなの。だからビームもロケットパンチも出ません」
「えー出ないの?」
不満げな声を上げると、母は少しだけ微笑んだ。
「さっき玄関のところに小倉のおじさんのお友達って人がいらしてね、大輔にこの子の友達になってほしいんですって。お父さんと小倉のおじさんみたいに。他のお友達と接するのとおんなじように接してあげてほしいみたい。それがこの子がうちにいるための約束なんですって。どう?出来そう?」
「なにそれ。当たり前じゃん」
母がなぜ改まってそんなことを言うのか、当時の僕には理解できなかった。
それはきっと、まだその男の子のことを僕が単なるロボットとしてしか見れていなかったなによりの証拠なんだけど、そこはまあ仕方のないことなんだと思う。
僕は残っていたトーストを口の中に無理矢理押し込んで、急いで食器を片付けた。それからアンドロイドの男の子をひとしきり観察して、その硬くちいさな手をぐいっと引っ張った。
「それじゃ僕今日この子と一緒に学校行ってくる!」
行こうぜと声をかけるとアンドロイドは命令と受け取ったのか、すぐに起動した。
僕はリビングの入り口に置いていたランドセルを引ったくるようにして手に持ち、アンドロイドを連れてリビングから逃げ出した。
「あ、こら!待ちなさい!」
母の制止を振り切って、僕たちは逃げた。
何かが始まるという予感に僕はとてもワクワクしていた。