僕たちは今日まで親には一切悟られることのないように細心の注意を払って行動していた。だからテレビで「計画に選ばれた子供から匿名で抗議の手紙があった」とか「抗議のデモが今夜決行されるらしい」などの報道を見ても、僕の両親は対岸の火事という感じで大変ねぇという感想を述べていた。
まさか自分の子供がその当事者だなんて思いもしなかっただろう。
きっと真実を知ったら両親は心底驚くだろうし、迷惑をかけてしまうというのは申し訳ないような気もした。
しかし後戻りは出来ないのだと自分に言い聞かせ、僕たちは外の状況を確認するべくミカちゃんが持ち込んだラジオを鳴らす。
そうしたら、とんでもない事態にびっくりした。
なんと、僕たちだけじゃなかったのだ。
この実験に参加した子供達のほとんど全てが同時多発的に僕らと同じ行動を起こしていた。
僕とミカちゃんとゼロはボロいバンの中で身を寄せ合いながら、この奇跡に大いに勇気をもらった。声を上げたのは僕たちだけではない、その事実は揺らいでいた気持ちを落ち着かせ、胸のあたりに残っていた不安も吹き飛ばしてくれた。
僕たちの顔にはようやく笑みが浮かび、くだらない冗談ですらも言えるようになってきた。
全てがうまくいくような気がしていた。
しかし、そんなはずがなかった。
やはり僕らはどれだけ集まったとしても、ちっぽけな子供でしかなかったのだ。

「君たち、そこにいるのはわかっている。出てきなさい」
拡声器を通した電子的な声が外から聞こえてきたのは夜の九時過ぎ頃のことだった。
聞き覚えのある声は、どうやら僕の家に来たあのおじさんのもののようだった。
僕たちは息をひそめ、声を上げないようにそれぞれの手を握り合った。
どうしてここがバレたんだろう?
頭にはそんな疑問が浮かんでいたが、それどころではなかったので、すぐに頭の中から振り落とす。
おじさんはなおも言った。
「君たちがどんな抵抗をしても、残念ながらそのアンドロイドの未来は変わらない。それどころか、君たちのしていることはそのアンドロイドをさらなる不幸に落とすものになるかもしれないんだぞ」
その話の意味するところが僕にはよくわからなかった。ミカちゃんは脅し文句と受け取ったようで臨戦態勢を強めている。
当の本人であるはずのゼロだけがいつもと変わらぬぽやんとした顔のまま、緊張感も感じさせずにことの成り行きを見守っていた。

おじさんはじれったそうに話を続けた。
それは僕とミカちゃんを打ちのめすには十分すぎる話だった。
「君たちが停止ボタンを押せば、彼はリセットし、また新たな生活を送ることができる。だがね、君たちがもしも停止ボタンを押さなければ、彼は自動的に機能停止するようになっている。そうなれば、そのアンドロイドはスクラップ行きだ。文字通り、バラバラになって死んでしまうのだよ。すべては君たちの英断にかかっている。友を死なせたくなければ、大人しく出てきなさい」
僕たちに選べる選択肢は最初からなかった。
自己という存在の死か、体という器そのものの死か。ゼロとして、ゼロがこの先も存在できる未来など初めから与えられていなかった。
「僕たちがどう足掻いたところで、結局のところ、ゼロは死んじゃうっていうの?」
自分でも驚くほど、喉から溢れ出た声はか細く、これが絶望というものなのだと、僕は生まれて初めて思い知ることとなった。