「う、うん」皐は顔を上げて頷いた。
「この島の人はそれ以来、私達を、ナミトクの生徒を頭がおかしい人間だと思い込んでる。もしかすると脱走して、この島の人に助けを求めても無駄かもしれない。あたし達の言うことより、ここの職員の言うことをこの島の人は確実に信用する。あたし達がここで虐待されているっていくら話してもまともに取り合ってもらえないかも」

 私は皐に話ながら、ここからの脱走のハードルが最初に考えていた以上に高いことに思い至る。ただこの施設を抜けだしただけでは、またこの島の住人に捕まって施設に連れ戻されるのがオチなのかもしれない。この島の交番もナミトクの生徒は精神疾患を抱えた異常者だと色眼鏡で見てる可能性が高い。

「本土だ」私の唇が自然にそう言葉を紡いだ。

 本土の誰かに私達の状況を伝えなくては、私達はきっと救われない。

 ことん。

「え?」「誰?」

 私と皐は同時に部屋の出口の方を見た。確かに今、何かの音がした。でも扉は開かない。私達は緊張して黙り込み耳を澄ます。微かに聞こえる足音。でも、それはだんだんと遠ざかっていく。私は意を決して床から立ち上がると、小走りで出口まで駆けて、わざと大きな音を立てて、扉を勢いよく開いた。部屋の外の廊下を見る。誰もいない。私は脱力して息を吐く。その時、扉の横に設置された金属製のポストが視界の隅に入った。一通の封書が入っていた。私は手を伸ばして、それを手にした。

 『A県T郡南町S島青ヶ丘南中等特別支援養護学園 加藤杏様』

 たくさんの切手が貼られた上に今日の消印が押されているその封筒は、私宛の速達だった。裏返すとN市の住所と緒方透という文字が書かれている。緒方からの手紙だった。

 私の視界が、一気に滲んだ。

 緒方が、私に手紙を書いてくれたんだ。

 私はその場で、すでに封が切られた封筒から便せんを取り出すと、彼からの手紙を読んだ。


 前略、加藤へ。

 何度メールを返信してもエラーで弾かれるから、担任に転校先を聞いて今教室でこの手紙を書いている。

 お前が居なくなったのがあまりにも突然すぎて、正直とても僕は困っている。

 いや、はっきり書こう。

 僕は、お前が居なくなってとても寂しい。

 友達にはなれなかったけど、僕はお前以外に妹のことを話したことはない。