僕と加藤の不毛な会話に、おばさんの元気な声が割って入り、カウンターに、でん! と思ってた以上に大盛りの冷やし中華と、普通のスーパーでは見かけないような大きなチューブに入ったマヨネーズがひとつ置かれた。具は錦糸卵にチャーシュー、それに細切りのキュウリといたって王道的なものだし、皿の下には醤油ベースと思われるタレが溜まっていて、隅には練りからしがこんもりと盛られていた。奇をてらわないシンプルな冷やし中華と言えるだろう。だが、

「緒方、これ何?」

 僕の隣で加藤は目を丸くして、目の前の皿を凝視していた。

「何って、僕達が頼んだ冷やし中華だけど」
「全然そうめんじゃないじゃん。それにこの辛子とマヨネーズは何?」
「味に変化をつけたい時に使うんだ」
「大雑把すぎだよ。これ見たら絶対、中国人怒ると思う」
「いいから黙って食え」

 僕は早速、マヨネーズを大量に麺の上に絞り出して、ずぞぞと麺をすすった。うん、冷たくて美味い。二年ぶりぐらいにこの店で食べたけど、この気取らない感じがいい。

「うわっ、マジでマヨネーズ使ってる……」

 加藤は僕の食べっぷりを見て、若干引いていた。それでも空腹には勝てなかったのか、恐る恐るという感じで箸で麺と錦糸卵をちょっとつまんで、小さな唇に運んで食べ始めた。そしてこくん、と飲み干した時には、ぱあっと笑顔を咲かせていた。

「緒方、これヤバい、美味しい!」
「それは何より」僕も飲み込んでから微笑した。
「横浜中華街のフカヒレ麺より美味しい!」
「それはさすがになくない?」僕はフカヒレなんて食べたこと無いけど。口いっぱいに冷やし中華を入れて咀嚼し、ごくんと飲み込んだ後、「こんな美味しいのに、六百八十円って地方ってすごいね!」と僕を見て驚いていた。元々大きかった瞳がさらに拡大している。本気でカルチャーショックを受けているようだ。頬にキュウリのかけらがくっついているのさえ気がついていない。僕は「加藤、ここ緑のついてる」と自分の頬の同じ箇所をつついた。

「え? どこ? 取れた?」加藤は箸を置いておしぼりで口元を拭うがキュウリはくっついたままだ。僕は仕方なく手を伸ばして「これ」と言って加藤の頬から、それを取ってやる。加藤は「えへへ」と笑った後、「緒方、私のお兄ちゃんか彼氏みたい」と微笑した。やめろ。その無防備な笑顔は反則だ。