「一食、千二百円をたったと言える中学生はそうはいない」

 僕は加藤との大きな経済格差を感じる。やっぱりこいつはお嬢様だ。

「緒方、お金持ってないと美人と結婚できないよ。これマジの忠告だから」
「いいから、僕の知ってる店にしよう。早くクーラーの効いた場所に入りたい」

 今度は僕の方が、加藤の手を引いて、ファミレスの手前で左に曲がって、細い路地に入る。表通りから離れて三十メートルメートルほど行ったところに、個人経営の小さな中華料理店があった。薄汚れた赤いのれんに白い文字で『ラーメンまるへい』と書かれている。

「緒方、まさかとは思うけど、ここじゃないよね?」

 加藤が僕から右手を放して、風にひらひらとたなびくのれんを指を指し、露骨に顔をしかめていた。

「ここだけど」
「この暑いのに、ラーメン食べるとか信じらんない」
「ラーメン以外のもの頼めばいいだけだろ」
「え? でも、ラーメンって書いてあるよ?」

 きょとんとした顔で、加藤が尋ねてきた。マジか。本気でこういう店にはラーメンしかないと思っていたのか。

「ここは中華料理なら一通りそろってる。チャーハンでも餃子でも」
「じゃあ、私、北京ダック食べたい」
「加藤の冗談は面白いな。将来は芸人にでもなれよ」

 僕は世間知らずのお嬢様に呆れつつ、のれんをくぐって曇ったガラス戸を手で開いて店内に入った。僕と入れ違いに二人の化粧の濃い女が二人外に出る。キツい香水の匂いがした。「待ってよ」と加藤の声が背中にぶつかる。加藤がガラス戸を閉めると、カウンターの向こうで頭にタオルを巻いたおじさんが「らっしゃー」と僕達の方も見ずに適当な挨拶をしてきた。ちょうどお昼時のせいかほとんどの席は埋まっている。ネクタイをぶら下げたサラリーマン風の中年男達と工場の作業服っぽい格好をした僕らより一回りくらい年上に見える青年達だ。数人がヤケにじろじろと僕達を見ている。制服姿の僕と加藤は明らかに浮いていた。平日、こんな所にフツー中学生は昼食を食べに来たりはしない。でも、彼らは少しだけ怪訝そうな顔をしただけで、すぐに自分の食事を再開した。皆、自分のことで忙しいのだ。いちいち他人に構ってなどいられない。

「緒方、あそこ空いてるよ」