「あれ? 鍵空いてない」

 加藤のご立派な自宅に二度目の訪問をする。しかし、加藤が何度門に取り付けてあるブザーを鳴らしても、誰の返答もなかった。夏の直射日光を全身に浴びて、体力を大幅に削られながらちんたら歩き、僕達はようやくここにたどり着いた。身体中汗まみれで、特に加藤は汗を多くかく体質なのか白いセーラー服の上着がぐっしょり濡れて、背中を見ると下のブラジャーの形がくっきりと浮かび上がっているほどだ。目の毒だ。それに盗み見しているようで罪悪感がすごくする。でも、つい目がいってしまう。でも、加藤はそんな僕の内的葛藤も知らぬまま、「和さーん! 和おばさーん!」と叫びながら、何度もピンポン攻撃を続けている。

「加藤、お前鍵持ってないのか?」僕は努めて加藤の方を見ないようにしつつ尋ねた。
「持ってるけど、スポンサーがいないとご飯食べれないじゃん。外食するつもりだったんだけど」

 加藤はこっちを振り返った。頬が上気して薄い赤色をしている。かなり暑そうだ。

「お前、金持ってないのか?」
「今日、親が振り込んでくれる日のはずなんだけど、まだ入ってなかったの」
「家に冷凍食品くらいないのか?」
「ないよ。和さん、全部出前だから。飲み物とお菓子しかない」
「金持ちって怠惰なんだな」

 僕は加藤の言葉を聞いて、また嘆息する。その息すらも熱い。ノドが乾いたし、腹も減っている。こんな状態でいつ帰ってくるか分からない加藤の叔母さんを長時間待つのは拷問だ。

「どうする? 家でお茶しながら待つ?」
「僕が金出すから、どっか食べに行こう。早く涼しいところでまとな食事を摂らないと倒れそうだ」
「マジ? ヤバっ、私、友達に奢ってもらうの初めて!」

 加藤が嬉しそうに破顔する。その笑顔は今まで見たどの笑顔とも違っていた。色でたとえれば白だ。何の不純物もないまっさらな喜びの感情が今、発露されている。見惚れてしまった。こいつヤバい。お前の方がヤバいぞ、加藤。

「友達じゃなくて他人だろ」僕は鋭い加藤に心情を読み取られる前にさっさと歩き出した。
「でも、果てしなく友達に近いんでしょ。あと緒方の夜のオカズも担当してる」

 加藤はすぐに僕に追いついて左横に並んで、今度はいたずらっ子のような幼い笑みを浮かべて僕の顔をのぞきこむ。